パウエル議長が言ったことと言わなかったこと 【中原駿の今日のひと言】8月29日更新
パウエル議長の「8分間」が終わった。結果は株式市場の急落こそ印象的だったが、金利は殆ど動かなかった。では、この好対照は何故生まれたのだろうか。
前回の当欄では「パウエル議長が絶対に避けたいこと、言わないこと」を考えたほうがわかりやすい―とし、金融緩和的、将来の緩和的発言は絶対に避けるだろう―予測とした。実際、パウエル議長の発言は全てタカ派的であった。
想定通り―というアナリストやストラテジストも多かった。実際、市場のコンセンサスは、かなりタカ派的な発言をする筈だ―というもので確かにその線に沿っていた。そして株式市場にとってのリスクシナリオは実現し、債券市場にとってのリスクシナリオは示現しなかった。
株式市場のリスクシナリオは金利の引き上げはともかく、その時間的長さだった。最良のシナリオは年内で利上げ打ち止め、2023年の利下げであるが、流石に虫の良すぎる見通しであったといえる。インフレの現状はピークアウトの兆しが見えても、まだ高すぎる。
FRBは2%の物価安定に向けて断固とした引き締めを継続する―この辺までは既にマーケットに織り込まれ、金利の急上昇もそうした見通しを織り込んでいた。
マーケットは2023年の利上げも織り込みつつあったが、想定外であったのは2024年も4%程度、あるいはそれ以上の高い金利を維持する可能性があるということを明言した点にある。前回の当欄で提示した「金融引き締めの終着点をマーケットが考えている4%を超えるとすること、さらにそれを遥かに超えるような可能性を示せばかなりネガティブなサプライズになりえる」という見通しが示現してしまった。株式が常に債券の金利に規定される証券である―という点を鑑みると、金融引き締めの長期化は、それだけ株価の押し下げ要因となる。株式市場にとっての「ショック」は、まさにここにあった。
では、何故債券は左程動かなかったのか。量的引締めは、満期到来した債券を折り返さない形で順次減少させているが、今後市場の長期金利を上昇させる明確な目的をもって所謂市場での売り切り(アウトライト)を巨額の規模とスピードで実行するような方針は出なかったためである。
リーマンショック以降のFRBの巨大な購入によって市場の―特に債券市場の―流動性は落ちており、こうした方針の変更は長期金利の強烈な上昇を招く可能性があった。だが、この点に関してのパウエル議長の発言の発言は無かったのだ。
結局、パウエル議長は想定よりもタカ派であったが、①利上げの終着点に関するマーケットのタカ派予想をはるかに上回る見通しは出したものの、②保有債券の売り切り、ないしは同程度の新しい引き締め策は打ち出さなかった。金利の高め維持は、結局株価を押し下げ、ドルの全面高を招いたが、慎重に金融システムを壊すようなことはしなかった。
しかし債券市場の落ち着きは一時的なのかもしれない。FRBは一連の政策金利引き上げでも長期金利が低水準であることにイラ立っているとされ、いつかは保有債券の売却に関する大きな方針転換をする可能性は常に秘めている。FRBの保有債券はかなりの評価損になっている筈であり、こうした評価損が議会での政治問題化するリスクを常にFRBは抱えている。
FRBはいつでも市場の期待を裏切って変心し、マーケットをパニックに陥れる可能性がある。このことは、頭の隅に常に置いておいた方が良いだろう。
Is it OK?