資産1000万円。たぶん普通に仕事してました。そして、任天堂で200万円負けました。
もし私の1000万円達成を映画にするなら、予告編はこうです。
働く男。
振り込まれる給料。
机の上に集められた、複数の通帳。証券会社の残高。
そして男は、ついに禁断の足し算に手を出した。
「あ、1000万円超えた」
全米が、翌朝ふつうに出勤した。
監督「もう少し何か起きませんか」
私「任天堂で200万円負けます」
監督「そこを先に言ってください」
すみません。勝手に予告編を作りました。
どうも、ぷりんうぉーたーです。
前回は、働いて貯めた500万円が投資の種銭になり、初期の日産自動車で約1万4000円負けた話を書きました。
https://www.gogojungle.co.jp/finance/navi/articles/126361?via=authors_detail
今回は、その続きです。
1000万円になったときの記憶は、全くありません。
複数の通帳と証券会社の残高を足していけば、
「あ、超えた」
そのくらいの感じでした。
「やったー!」もありません。
足し算していなければ気づかなかったぐらいの感覚です。
世界の色も変わっていません。お祝いのケーキもありません。
たぶん普通に仕事してました。
人生の節目にしては、本人の反応がスーパーの合計金額を見るときと大差ありません。
1000万円も、もう少し盛大に迎えてほしかったでしょうね。
すみません。合算するまで、いらっしゃることに気づきませんでした。
お金が働く前から、私が働いています。
1000万円までも、基本は500万円のときと同じでした。
働く。給料をもらう。使う。残す。入金する。
前回書いたように、ボーナス込みで月平均10万円くらい残していた時期です。
旅行には行く。友達とも遊ぶ。
死ぬほど節約した感覚ではなく、使うところは使う。締めるところは締める。
それを続けていました。
当時いちばん効いたのは、やっぱり入金力だったと思います。
「お金に働いてもらいましょう」
いいですねえ。
で、私はいつ働かないでいいんですか。
もし当時の私を金融商品にしたら、運用方針は「本人が毎日出社します」です。
重要書類に目覚まし時計が挟まっています。
投資家向けの説明会なのに、最後に全員で「明日も起きましょう」と言います。
何の集まりですか。
でも、実際に私が働いて残したお金が、次のお金の元になっていました。
複利の活躍シーンを待っていた方には申し訳ありません。
しばらく私の勤務映像が続きます。
BRICS(ブリックス)で儲かりました。
お金のほうが国際派です。
もちろん、給料だけではありません。
BRICS系の投資信託を持っていて、そこで儲かりました。
高い経済成長が期待されるブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)の4カ国を指し
て「BRICs」と当時は大人気でした。
特にブラジルなどの新興国が強かった記憶があります。
商品名は、はっきり覚えていません。
「なぜ、その投信を選んだんですか」
そこを今の知識できれいに解説すると、当時の私より賢い人が出てきます。
とにかく、投信の上昇も追い風でした。
当時のお金は、私より海外経験が豊富でした。
私は仕事へ。
お金はブラジルへ。
世帯主だけ国内勤務です。
ずいぶん大きな二拠点生活です。
海外に展開しているのは、お金のほうですが。
本人もちゃんと働いて入金していました。
世界経済と私の給料が、同じ口座で合流していたんですね。
そして、余った資金で個別株もやっていました。
短期売買やスイングが多く、売買した銘柄はほとんど覚えていません。
儲かった記憶はあるのに、会社名は出てこない。
ただ、株はかなり面白かった。
まだ今のように何時間もチャートを眺め、需給や人間心理を深く考える段階ではありません。
この頃はまだ、今ほど株に取りつかれてはいませんでした。
ちゃんと画面を閉じていました。
後年、それが難しくなります。
後年の私をここへ連れてきたら、当時の私が「そろそろ画面を閉じたら?」と言うかもしれません。
お前の将来です。
株の話をすると「それで?」と言ってくれる人が欲しい。
この頃、寂しかったことがあります。
株の話をできる人が、周りに誰もいなかったんです。
友達と話すのは楽しい。
でも、株の話はできない。職場で話すのは論外です。そもそも株をしている人がいない。
今日上がったとか、下がったとか。
こんな売買をしたとか、投信で儲かったとか。
別に「次に上がる銘柄を教えてください」ではありません。
ただ話したい。
好きな映画を見たあと、誰かに「あそこ良かったよね」と言いたくなる。あれです。
もし口座開設の特典を空想していいなら、こうです。
「株の話をすると『それで?』と聞いてくれる人が一人ついてきます」
それがいいです。
箱には入れないでください。普通に玄関から来てください。
お茶はこちらで出します。
「何株以上の保有で、おかわりできますか」
株数は関係ありません。急須に残っているぶんは飲めます。
……どこまで証券会社に頼むつもりなんでしょう。
でも、そのくらい返事がほしかったんですね。
「株は一人でするもの」と聞くと、ああ、こういうことなのかなと思いました。
売買を一人で決める。それだけではなくて。
好きなものができたのに、その話をする相手がいない。
通帳は何冊でも足せるのに、話し相手は足し算で出てきませんでした。
1000万円になった日は忘れたのに、こっちは覚えています。
BRICSで儲けたあと、任天堂で約200万円負けました。
ここで予告編の続きです。
BRICS系の投信で儲かったあと、任天堂株で約200万円負けました。
ゲームにたとえるなら、画面の中の主人公は元気なのに、操作している私が倒れています。
マリオ、ちょっとこっちを助けてください。
姫も大事ですが、テレビの前にも一人います。
……と、今なら書けます。
当時はもう、嫌になりました。
個別株を全部売って、長い間、株の売買を休みました。
ただし、投資資産が全部ゼロになったわけではありません。
含み損になっていた先進国株式投信が一つだけ残っていました。
損をしたまま売れず、ずっと持っていました。
本人は店じまいしたのに、投信だけ店の奥にいます。
閉店の音楽も終わっています。
出ていかないんじゃありません。私が売れないんです。
「長期保有を貫いた」と書くこともできますが、
売れなかった。
当時の私については、そちらを残しておきたいです。
危機管理ではなく、傷心休暇でした。
休んでいる間にも、相場は大きく動きました。
その間、個別株は持っていませんでした。
その後、リーマンショックが来ます。
でも、大きな下げを見抜いて逃げたわけではありません。
200万円負けて、嫌になって離れていただけです。
人生のイベントが多かったので、証券口座を開くこともありませんでした。
ただ、含み損の投信は残っていたので、相場の影響を全部避けたわけではありません。
個別株を持っていなかった点では、よかった。
ここを「危機を察知して撤退」と編集したら、急に私が腕組みを始めそうです。
やめてください。
本編では200万円負けて落ち込んでいます。
ただ、運がよかっただけです。
投資を長く続けていると、あとから見ると「あれは正解だった」と見えることがあります。
でも実際には、
正しい判断だったのか、ただ運がよかったのか、自分でも分からないことがあります。
成功した話だけを後から並べると、人間は簡単に名投資家になれます。
私の場合は、任天堂で200万円負けて休んでいただけです。
名投資家は、もう少し格好よく休むと思います。
投資家は休業。給料は通常どおり。
株の売買を休んでも、仕事は続けていました。
働いて、使いすぎず、残す。
なんやかんやで金融資産は約2000万円になっていました。
投資を休んだから、資産形成まで止まったわけではなかったんです。
働いてお金を残せる暮らしが、初期の私を支えてくれました。
金額より、私のお話でした。
1000万円の話をしようとしたら、仕事も、BRICSも、任天堂も出てきました。
なのに、達成した日の私だけ出てきません。
主役、そこを欠席するんですね。
でも、一番話しておきたかったのは、好きな株の話をする相手がいなかったことです。
お金は増やしたかった。
それと別に、「それでどうなったの?」と聞いてくれる人も欲しかった。
今こうして書いているのも、あの頃の話の続きなのかもしれません。
さて、このあとアベノミクスが始まります。
長かったデフレから抜け出そうと、日本の空気が変わり始める頃です。
そして私も、再び株の世界へ戻っていきます。
ここから、お金の増え方も、株との距離も変わっていきます。
続編も同じ主演でお送りします。
「もっと賢い人に替えられませんか」
実話なので、そこは替えられません。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
昔できなかった株の話に、今こうして付き合ってもらえるのはうれしいです。
続きも読んでみようと思ったら、スキやフォローをいただけるとうれしいです。
※銘柄や損失額は筆者の過去の経験で、売買の推奨ではありません