【コラム】朝日奈りさの「聖杯探し」をやめた話
「勝率90%のシステム」「どんな相場でも機能するロジック」——私はかつて、そういうものを本気で探し続けていました。今思えば、それは存在しないものを追い続けていたに過ぎません。この記事では、その"聖杯探し"の末に何を学んだかを書きます。
FXの世界で「聖杯(Holy Grail)」とは、"絶対に負けない完璧な売買ルール"のことを指します。ほぼすべてのトレーダーが一度はこれを求め、そして多くの人がその探索に時間とお金を費やします。
私もそうでした。新しいインジケーターの組み合わせを試しては「これだ」と思い、数日後には「やっぱり違う」と別の手法に乗り換える。そのサイクルを何度繰り返したか分かりません。
このサイクルに入ると、自分がいつまでも「準備中」の状態に置かれます。「本番はもう少し良い手法が見つかってから」という心理で、永遠に本番が来ない。これが聖杯探しの本質的な問題点です。
あるとき、自分のトレード記録を見返していて気づいたことがあります。
同じシグナルが出ているのに、利益が出た日はルール通りに動いて、損失が出た日は途中で判断を変えていた。手法そのものの問題ではなく、実行する私自身がブレていたのです。
「手法の勝率」と「自分の実行率」は別物
バックテストで勝率60%の手法があったとします。でも実際にエントリーを迷って見送ったり、損切りを我慢して引きずったりすれば、実行率は60%以下になります。手法が60%でも、私の実行精度が70%なら、実質の期待値は42%以下に落ちます。
つまり問題の本質は「どんな手法を使うか」ではなく、「ルール通りに動けるか」でした。どれだけ優れた手法を手に入れても、実行する側が感情で動くなら意味がない。
その結論が、「人間の判断を介在させない」方向への転換でした。
EAの開発に取り組むようになって、視点が大きく変わりました。
裁量トレードをしていた頃は「どんなエントリー条件が正解か」ばかりを考えていましたが、EAを作る過程では「このルールを何年・何千回と繰り返したときに、統計的にプラスになるか」という問いに変わります。
「このエントリーは正しいか」という問いは、1回の勝ち負けで揺れ動きます。でも「このルールを10,000回繰り返したとき期待値はプラスか」という問いは、統計で答えが出ます。
聖杯探しをやめた瞬間とは、「1回で確実に勝てる方法」を探すのをやめて、「長期で統計的にプラスになるルールを作り、それを完璧に実行する仕組みを作る」に切り替えた瞬間でした。
聖杯を探していた頃の私は、「負けトレードが出る手法=まだ改善が必要」と考えていました。でも今はそれを正反対に捉えています。
負けトレードのない手法は存在しません。勝率100%のシステムがあるとすれば、それはサンプル数が少ないか、過去データに過剰適合(オーバーフィット)しているかのどちらかです。
- 負けトレード=システムの欠陥
- 改良すれば撲滅できるはず
- 勝率100%が理想
- 損切りが出たら手法を変える
- 負けトレード=統計の一部
- 期待値がプラスなら問題なし
- 長期の勝率と利益率が判断基準
- 損切りはルール通りの正しい行動
昇金竜の勝率は約84%です。つまり16%は負けます。でも残りの84%のトレードで十分な利益を積み上げているため、長期的にはプラスになります。その16%の負けを「欠陥」と見るか「想定内のコスト」と見るかで、システムへの向き合い方がまったく変わります。
聖杯探しに費やした時間を振り返ると、本当に必要だったのは「より良い手法」ではなかったと思います。
必要だったのは、次の3つでした。
この3つが揃えば、特別に「完璧な手法」でなくても機能します。逆に、どれかひとつでも欠けていると、どんなに優秀な手法でも長続きしません。
私が昇金竜の開発に11年分のバックテストをかけたのも、「この手法は本当に長期で有効か」を自分が納得できるまで確認したかったからです。完璧さを求めたのではなく、十分な根拠を積み上げることに切り替えた結果がその数字になりました。
- 「聖杯=絶対に負けない手法」は存在しない
- 問題は手法ではなく、感情でブレる実行精度にあった
- 「1回で確実に勝つ方法」から「長期で統計的にプラスになるルールを完璧に実行する仕組み」への転換が転機
- 負けトレードは欠陥ではなく、期待値がプラスな手法に必ずついてくるコスト
- 必要なのは完璧な手法より、十分なバックテスト・感情排除の仕組み・適切な資金管理の3つ
※本記事は情報提供を目的としており、投資の勧誘を目的としたものではありません。掲載している運用結果は過去の実績であり、将来の利益を保証するものではありません。FX・CFD取引はリスクを伴います。投資判断はご自身の責任において行ってください。
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