「じゃあ、どう決めればよかったのか」
FX
ここまで読んだ人は、
もう薄々気づいているはずだ。
問題は
「損切りが早い」「遅い」
そんな話じゃない。
“どこで切るか”を自分で決めていること自体が、
すでに市場に読まれている。
教科書が教える損切り位置は、
確かに理屈としては正しい。
- 高安の少し外
- 直近安値割れ
- ダウが崩れたら撤退
どれも間違っていない。
むしろ、あまりにも「正しい」。
でもその“正しさ”こそが問題だった。
相場はランダムじゃない。
人が集まる場所に、必ず意味が生まれる。
同じところに
同じ理由で
同じ損切りが置かれる。
そこは
「守るライン」じゃなく、
“刈り取るライン”になる。
だから起きる。
- 一瞬のヒゲで刈られる
- 直後に思惑通りに伸びる
- 「自分だけ」負けた感覚
これが繰り返される。
じゃあ、どうすればよかったのか。
多くの人はここで
「もっと外に損切りを置く」
「広めに取る」
と考える。
でもそれは、
餌の置き場所を少しずらしただけ。
本質はそこじゃない。
問題は
**「損切り位置」ではなく、
「損切りを決める主体」**だった。
人が決める限り、
そこには
- 期待
- 恐怖
- 希望
- 過去の記憶
が必ず混ざる。
そして相場は、
その“揺れ”を一番狙ってくる。
ここで一つ、
考えてほしい。
もし
損切りも
利確も
自分の感情が一切介入しない形で
淡々と処理されるとしたら?
- 迷わない
- 引っ張らない
- 祈らない
そこには
「上手い・下手」すら存在しない。
ここまで来た人は、
もう分かっているはずだ。
損切りが難しい理由は
技術でも
知識でもない。
人間が判断していること自体が、
最大の弱点だった。
次回、
ここから一気に核心に入る。
? 「なぜ“利確”の方が、実はもっと危険なのか」
この話を知った時、
多くの人はこう思う。
「だから勝てなかったのか」と。
続けるで。
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Is it OK?