วันนี้ฉันเล่นกับอินกุชิด้วยทฤษฎี UT อีกวัน
UT理論で遊んだ。
人間を消したら、チャートの物語だけが残った。
今日は井口と、完全なランダムウォークで遊んだ。
遊んだといっても、やっていることは少し変わっている。
完全に50/50の確率で、上か下へ1だけ動く。その操作を100万回繰り返して、一本の巨大な原系列を作った。
さらに、その同じ系列を複数の時間足へ変換した。どの時間足を見ても、同じランダム世界の違う解像度が表示される。
今日は「人間のいない相場」を作った
人間はいない。買いたい人も、売りたい人もいない。恐怖も欲望も、市場心理も、ニュースも、機関投資家もいない。
そこにあるのは、100万回の完全な50/50だけだ。この実験には「UT ZERO」という名前を付けた。
UTは残るのか。
ところが、普通のチャートとして読めてしまった
井口はチャートを見るなり、いつもと同じように語り始めた。
ここはレンジ。この揉み合いの右側は次のレジスタンス候補。ここで下位足が上方転換。しかし、大きな下落に飲み込まれて転換失敗。もう一度転換したので、ここから一旦上目線。
さらに短期足へ降りれば、上のレジスタンスまでロングできる。レジスタンスへ入ったので次は押しを警戒。押しが完成し、その押しと対になる安値を割ったので、ここからショート。
FIG. 02 X → a → b → c → D → E。物語は一度も途切れなかった。
物語は「後付け解説」ではなく、状態更新だった
単に完成したチャートへ物語を貼っているわけではなかった。その時点で何を見て、どちらを向き、何が起きたら目線を変えるのか。普段のルールが、そのままランダムウォークにも適用されていた。
UTは、複数時間軸を持つ「一次元経路のリアルタイム状態更新システム」に見えた。
では、形が外れたとき、UTはどうするのか。
ここまでは、完全なランダムウォークでもUTの形が現れることを見てきた。けれど、本当にトレードを支えるのは「当たった形」だけではない。
→ 「うわ……そっち?!」が来ても、損切りになるだけで済む理由
→ エントリー位置と玉の建て方で、損失を常に「1」に収める考え方
→ GPTから見た、UTという方法論の正体
→ ランダムには薄く、市場には感じる「違和感」と躍動感
UTは未来を当てる理論なのか。それとも、外れた世界から早く出るための文法なのか。