【無料全文公開】米国の物価上昇率と経済成長[森晃]
森晃さんプロフィール
エコノミスト。シンクタンク(アメリカ合衆国)に所属。専門分野は、為替政策、金融政策、マクロ経済政策、金融規制。市場関係者、金融当局者、政策当局者と交流し、多方面から為替の動向について分析を行っている。
※この記事は、FX攻略.com2017年12月号の記事を転載・再編集したものです。本文で書かれている相場情報は現在の相場とは異なりますのでご注意ください。
この秋お勧めは北朝鮮経済の本
ワシントンでも、秋の紅葉に向け秋風を感じられるようになった。9月になってからスーツの上着を着て街中を歩いていても非常に快適である。そんな秋風を感じながら、観光を楽しんでいる人々を見かける。何となく、こちらもスミソニアン博物館でも探索してみようかと思う。しかし、後半戦が始まりなかなか余裕がないのが実情である。
秋といえば読書の秋である。そこで、最近読んだ本を一冊紹介したい。ソウル大学校のキム教授著の『Unveiling the North Korean Economy: Collapse and Transition』である。金正恩政権の経済改革により、北朝鮮は賃金が上昇し生活水準が向上したとする内容であった(個人的な意見であるが、読む価値はあると思うのでお勧めしたい)。
価格引き下げ競争が激化する米小売業界
さて、日米欧の中央銀行は低い物価上昇率(インフレーション)に悩まされている。日本政府は、2%のインフレーション(インフレ・ターゲット)を2019年度までに達成したいと考えているが、それは難しいというのが一般的な見方である。一部には、恒常的に1%のインフレーションが続いたなら、日本銀行は金融政策の引き締めに転じるべきだとの議論もある。
しかし、米連邦準備制度(Fed)も欧州中央銀行(ECB)も2%のインフレ・ターゲットを掲げている中で、日本銀行だけが1%辺りの物価上昇率で十分であるとマーケットに知らしめて金融引き締めに転じたなら、為替は日本政府が全く望んでいない円高に進むであろう。
欧米の学者、エコノミストの間では2%のインフレ・ターゲットを達成するため、3%あるいは4%のインフレ・ターゲットを導入すべきとの議論さえある。そのような環境の中で、現在の円安傾向を維持したい日本銀行が1%辺りの物価上昇率で十分とは口が裂けてもいえないのである。
ここに来て、米国の物価上昇率が気になる。実際、米国の小売業界では食品の価格引き下げ競争が激しくなろうとしている。昨年、ウォルマート・ストアーズはジェット・ドット・コムを買収し、アマゾンに対してオンラインの小売分野で挑戦を始めた。これに対して、今年9月にアマゾンはホールフーズ・マーケットを買収すると発表し、ウォルマートに反撃を始めた。ある調査によれば、ホールフーズは90の商品で5%値下げし、ディスカウント商品に至っては31%の値下げを行ったとのこと。
アマゾンに買収されたホールフーズ
表①は、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)に掲載されていた各商品に対するホールフーズとウォルマートの価格表である(個人的にもホールフーズに出かけて確かめてみた。確かにプライベートブランド(PB)である「365」シリーズなどの価格や、卵の価格も下がっていた。しかし、ここ数年の値上がりを考えれば、値下げの余地はまだ残っていると感じる)。
いずれにせよ、消費者にとってこの値下げ競争は助かるが、当局者としては物価が上がりにくい環境は悩ましいものである。米シカゴ連銀のエバンズ総裁は、この買収に関して物価下落を促す「崩壊を引き起こすテクノロジー:Disruptive Technology」と言及している。
日米の経済成長率
前号でも述べたが、米国のエコノミストの間で米国は3%の成長が可能かどうかの議論があり、それがまだ続いている。第2四半期の年率換算の経済成長率は3%であったが、ある有名なエコノミストは「米国経済成長は2%が巡航速度」といっている。
一方、日本の第2四半期の国内総生産(GDP)は4%(改定値は下方修正されるであろう)であった。このことはマーケット関係者の間だけでなく、中央銀行関係者の中でも話題になっている。少し前までは、日本の潜在成長率はほぼ0%だから、安倍政権が掲げる経済成長率は絵に描いた餅に終わるだろうという見方が多かった。しかしながら、絵に描いた餅でないかもしれないとの計算結果がある。最近の潜在成長率を計算すると1%まで上昇している。
インフレーションと経済成長率の関係
経済学の教科書では、物価(インフレーション)は需要と供給の関係で決まると説明してある。経済学の理論通りだとすれば、経済が成長しているとき、消費者はより多くのものを消費し、企業はより多くのものを供給するため労働者に高い賃金を支払い、物価が上昇する。しかしながら、国際決済銀行(BIS)が興味深いデータを示している。
米国の賃金は2006年から2016年にかけて10%上昇した。これは、1995年から2005年の2%の上昇と比べると大きな上昇である。にもかかわらず、物価の上昇率は低い。なぜ、物価上昇率は低いのか?
この夏に連銀のエコノミストが、グローバリゼーションによって物価の上昇に対してブレーキがかかったとする論文を発表した。興味深い実証研究であり、グローバル化により経済理論よりもビジネス・モデルが先行したことを示すのかもしれない。
次の利上げのタイミングは?
米国を含め、各国の物価上昇率が低下している。9月の米連邦公開市場委員会(FOMC)でバランスシート縮小の決定と12月の利上げが議論されたが、マーケットには次の利上げは来年になるのではないかとする意見がある。また、ハリケーン、地政学的リスク(北朝鮮)などからも、利上げは遅れるのでないかとの予想がある。いずれにせよ、次の金融政策の方向性は次期議長が決まれば見えてくるはずである。それまで、金融政策に関しては判断保留するのが賢いと思われる。
それよりも気になるのは中国経済だ。共産党大会までは中国経済を心配することはないというのがエコノミストのコンセンサスである。しかし、それが終わり米国のFedが利上げを再開すれば、ドルにペッグしている中国経済にブレーキがかかる可能性がある。そう考えるのは筆者だけでないと思うが、どうであろうか。
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