【開発録】環境認識の欠如というEAの盲点 — なぜ理想環境の想定が命取りになるのか
FX
本稿は、これまでの第1話、第5話、第7話、第10話を、「環境認識の欠如」という視点から整理し直す総論です。
■ 先に結論
多くのEAは、スプレッドが一定で、約定が即時で、通信が安定している、という理想環境を前提に成績が作られています。実際の取引環境には必ず摩擦が含まれるため、前提と現実の差が、そのまま成績の差になります。したがって、成績の評価にあたっては、数値そのものに加えて、その数値がどの環境を前提に算出されたかを確認する必要があります。
■ Q1. ここでいう「環境認識」とは何か
「環境」には2つの意味があります。ひとつは相場環境、つまりトレンドかレンジか、ボラティリティが高いか低いかという話で、第18話で扱いました。もうひとつが取引環境で、スプレッド、約定、通信、イベントといった、実際に取引を行う際の条件です。本稿が扱うのは後者です。両者は原因も対処も異なるため、混同して議論すると、検証の焦点がぼやけます。
■ Q2. 「絶対摩擦」とは何か
ラボのコンセプトでは、取引にかかるコスト、遅延、制約を「絶対摩擦」と呼んでいます。物理的な摩擦と同様に、ゼロにはできないものです。EAが摩擦の存在を織り込んで設計されているか否かが、リアル運用での安定性を左右します。摩擦を無視した設計は、検証上の成績を実力以上に見せる要因にもなります。
リアル運用を壊す設計上の欠陥として、ラボは次の4つを挙げています。
絶対摩擦の欠如(理想環境の想定)
リスク管理の非対称性
大局的視座の欠如(短期足依存)
テストとリアルの乖離
本稿は、このうち1と4を軸にします。
■ Q3. 理想と現実は、どこが違うのか
バックテスト上の前提と、現実の取引環境の差を、以下に整理します。
テスト上で一定とされるスプレッドは、時間帯やイベントで変動します。約定は遅れや価格のズレを伴い、サーバーや通信には断や遅延が生じ得ます。いずれも個別には小さく見えますが、取引のたびに繰り返されるため、累積すると無視できない差になります。日またぎについては、ロールオーバーを挟むためスワップが発生し、時間帯によっては流動性が低下してスプレッドも広がりやすくなります。
■ Q4. 過去の回とは、どう関係するのか
過去の回は、摩擦の出どころを個別に扱ったものです。整理すると、次のようになります。
第1話はスプレッド・スリッページ、第5話はVPSとレイテンシー、第7話はブローカーごとの約定力やスワップ、第10話は経済指標発表時のスプレッド拡大です。いずれも、理想環境の想定が現実と衝突する地点を扱っています。個別の回を単独で読むと別々の論点に見えますが、前提の置き方という点で共通しています。なお、第4話で扱った異常検知(スプレッド急拡大時の自動停止など)も、摩擦への備えのひとつです。
■ Q5. 影響の大きさは、何で決まるのか
主に2つの要素で決まります。
ひとつは、1回あたりの利幅に対する摩擦の比率です。同じ摩擦でも、利幅が小さいEAほど、利益が削られる割合は大きくなります。また、取引回数が多いEAほど、1回あたりの摩擦が累積する回数も増えるため、影響は大きくなります。
もうひとつは、イベント時の変動です。たとえば経済指標の前後では、スプレッドが一定でなくなる傾向があります。
テストではスプレッドを一定と置いているため、この変動は成績に反映されません。この差が、4の「テストとリアルの乖離」の主な内訳です。
摩擦の影響を受けにくい設計には、1回あたりの利幅が大きい、取引回数が少ない、荒れやすい時間帯を避ける、といった傾向があります。ラボの商品説明で、実際の約定価格やスプレッドがバックテストと異なる場合がある旨を明記するようにしているのも、この点によるものです。ラボの検証でも、第1軸は「生存と摩擦」であり、コストを織り込んだうえで利益が残るかを最初に確認します。
■ Q6. 運用前に、何を確認すべきか
・バックテストが、スプレッドやコストを織り込んだ数値か
・1回あたりの利幅が、摩擦の何倍あるか
・指標発表時や日またぎの際の挙動が、設計上どう扱われているか
・取引回数が多い場合、1回あたりの摩擦が累積した際の影響
・使用するブローカーやVPSが、検証環境と大きく異なっていないか
■ Q7. 摩擦を入れてテストすれば、解決するのか
部分的には有効ですが、解決はしません。MT4のストラテジーテスターでは、スプレッドは固定値で設定するのが基本であり、スリッページや約定の遅れは再現されません。コストを織り込んでも、現実との差は一部残ります。
したがって、テスト結果と現実の間に隙間があることを前提とし、その幅をあらかじめ見込んでおく姿勢が必要になります。成績の評価は、コストを織り込んだ数値を基準にしつつ、現実で生じうる差を安全側に見ておく形が現実的です。
■ まとめ
「環境認識の欠如」は、相場環境だけでなく、取引環境についても起こります。理想環境を前提に作られたEAは、現実の摩擦によって、検証時の成績から乖離していきます。運用前に前提を確認しておくことで、乖離の原因を事前に切り分けることができます。成績が崩れてから原因を探すより、前提を先に確認しておくほうが、判断の根拠を持ちやすくなります。
なお、検証は過去データに基づく判断であり、将来の成績を保証するものではありません。
手元のEAがどのような環境を前提としているかを確認したい場合は、よろず相談所までご相談ください。