オーストラリアの鉄鉱石と、カナダの原油。
グローバルショックを互いに打ち消し合い、広大なレンジを形成するAUD/CADというフィールド——私はこの類まれな通貨ペアを、敬意を込めて「母なる海」と呼ぶようになっていた。
この「母なる海」で、ストラテジーテスターを走らせて、バックテストを行う日々を送っていた。
多層防衛エンジンが波の異なる断面を拾い上げ、CanOpenNewLineが20.0pipの等間隔で結界を張る。
穏やかに寄せては返す「母なる海」の上で、私の自作システムは驚くほど順調に、そして美しく利益を積み上げていった。
しかし、過去10年以上の全データを徹底的に洗い出していたある夜、私は背筋が凍るような局面に突き当たった。
「……どれほど穏やかな『母なる海』であっても、数年に一度、未曾有の暴風雨(一方通行トレンド)が吹き荒れる時がある」
戦争、パンデミック、歴史的な金融危機。
資源国同士の相関すら一時的にねじ曲がるような極限相場において、相場は反転することなく、防衛ラインを押し広げながら一方通行で突き進む。
その時、システムが一定以上のポジションを抱えた状態のまま、「本来目指していた目標利益」を愚直に追い求め続けたらどうなるか?
(相場が戻りきらず、利確ラインのわずか数ピップス手前で力尽きて再逆行したら……そこから先は破滅しかない)
「最後の最後に船を沈めるのは、相場の荒波そのものではない。システムに刻まれた『利益への執着(欲)』だ」
深夜二時。冷えたコーヒーを口に含みながら、私はノートに一本の太い線を引いた。
「ポジションが一定の限界数(臨界点)に達したということは、相場がすでに『通常の波』ではなく『非常事態』に突入している証拠だ。
そんな異常事態の中で、普段通りの大きな利益を狙いに行くこと自体が愚の骨頂じゃないか」
これまでの自動売買の常識は、「ポジションが増えるほど、反転した時に大きな利益を一気に狙う」というものだった。
しかし、その強欲さこそが、多くのナンピン系システムが最後にドカンと破綻する根本原因だったのだ。
「ポジションが一定数まで積み上がった異常事態においては、利益の追求を完全に放棄する。
相場がわずかに息継ぎをして、全ポジションの合計損益が『わずか1円でもプラス(>0)』に浮上した瞬間、一切の未練を捨てて全軍を一括決済・緊急離脱させる」
【ハイブリッド緊急一括撤退の思想】
・通常時(平穏な海):
多層エンジンがそれぞれの設定値に基づき、最適な波を捉えて着実に利確。
・非常時(ポジション臨界到達):
システムは即座に「緊急脱出モード」へ強制移行。
利益への執着を100%遮断し、合計損益がゼロライン(微益)を
超えた瞬間に全ポジションを電光石火で一括決済し、ノーポジションへ避難する。
それは、相場に勝つことではなく、「相場から生きて逃げ切ること」を最優先にした究極の防衛アルゴリズムだった。
私はMetaEditorを開き、その緊急離脱ロジックをコードへと落とし込み始めた。
相場がどこまで伸びるかなど、神様でなければ分からない。
だからこそ、あらかじめ定めた防衛ラインを超えた瞬間、プログラムは冷徹な「脱出ハッチ」を開く。
「利益はいらない。生き残ることこそが最大の勝利だ」
キーボードを叩く指に、かつて86万円を一晩で溶かして床に額を擦り付けたあの夜の記憶が蘇る。
あの時、私に足りなかったのは相場の知識ではない。「負けを認め、欲を捨てて逃げる勇気」だったのだ。
この想いを今、このシステムに刻み込む。
二度と同じ轍は踏まない。
決意とともに、コンパイルボタンを押す。