なぜ人は、アドバイスされると怒りだすのか?
「素人は黙っとれ!」
「なにがフィボナッチじゃ!」
「ボケが!」
怖い。
怖すぎる。
これは、僕が初めてYouTubeでFXのライブ配信を見た時、
最初に耳にした言葉である。
当時、僕はFXを始めたばかりだった。
まだ右も左も分からない。
とりあえず、
簡単に勝てる方法はないかな?
そんな気持ちでYouTubeを見ていた。
検索した言葉は、もちろん、
「FX 勝ち方」
だった。
今思えば、ずいぶん素直である。
画面を眺めていると、一つのサムネイルが目に入った。
「プロが教える、相場の勝ち方」
これだ!
僕が探していたのは、まさにこれである。
プロが相場の勝ち方を教えてくれる。
ありがたい。
僕は何の疑いもなく、その配信を開いた。
そして最初に聞こえてきたのが、
「素人は黙っとれ!」
だった。
何が起きているのか分からない。
誰に怒っているのかも分からない。
ただ一つ分かったのは、
ものすごく怒っている。
ということだけだった。
「FXって、こんなに怖い世界なのか?」
僕は一気に不安になった。
何をしたら、こんなに怒られるのだろう。
相場のルールどころか、
FX界のマナーすら知らない。
もしかしたら、
下手なことを言えば怒鳴られる世界なのかもしれない。
当時の僕は、本気でそんなことを考えていた。
配信者は時折、奇声を上げながら視聴者を罵倒する。
しかも、かなりの大声だ。
突然叫ぶので、そのたびにビクッとする。
声を聞く限り、40代くらい。
関西訛り。
しかも低い声。
余計に怖い。
それでも僕は、配信を閉じなかった。
FXの勝ち方を知りたかったはずなのに、
いつの間にか興味は別のところへ移っていた。
この人は、なぜこんなに怒っているのだろう。
相場の勉強をしに来たはずなのに、
気がつけば僕は、
一人の怒っているおじさんを観察していた。
この人を、Dさんとしておこう。
しばらく見ていると、ようやく事情が分かってきた。
どうやらDさんは、
視聴者からアドバイスをされたらしい。
しかも、それが相当気に入らなかったようだ。
そりゃそうだ。
プロにアドバイスするなんて。
僕はそう思った。
だって、サムネイルには、
「プロが教える、相場の勝ち方」
と書いてある。
プロなのだ。
そのプロに視聴者がアドバイスする。
それは失礼なんじゃないか。
当時の僕には、そう見えた。
話の流れはこうだった。
Dさんは、買いで入ろうとしていた。
しかし、かなり高いところだった。
いわゆる、
ど天井である。
その時、一人の視聴者がコメントした。
「そこから買うのは危ない」
「今から半値くらいまで下がる」
「フィボナッチ50%まで待った方がいい」
そんな内容だったらしい。
Dさんは激怒した。
「素人は黙っとれ!」
「なにがフィボナッチじゃ!」
「ボケが!」
なるほど。
ようやく事情が分かってきた。
Dさんは、
「ここから上がる」
と考えている。
そこへ視聴者から、
「まだ下がる」
と言われたのだ。
しかも、
「フィボナッチ50%まで待て」
と具体的なところまで言われた。
Dさんはプロである。
少なくともサムネイルにはそう書いてある。
そのプロの判断を、
視聴者が真正面から否定した。
そしてDさんは買った。
ポーン!
電子音が鳴った。
どうやらDさんの買い注文が通った音らしい。
しかし、
買った直後から価格は急降下した。
ものすごい勢いで落ちていく。
当時の僕には分からなかったが、
Dさんは海外FXでかなり高いレバレッジをかけていたようだ。
少し逆行しただけでも、
損失の増え方が大きい。
ましてや、
ど天井で買った直後の急落である。
Dさんの声は、さらに大きくなった。
「おい!〇〇!」
「今すぐメールでトレード履歴を送ってこい!」
どうやら、さっきアドバイスをした視聴者を名指ししている。
「どうせ送って来れねーだろ!」
「この素人が!」
怖い。
まだ怒っている。
今度はトレード履歴の提出を要求している。
フィボナッチの話をしていたはずなのに、
いつの間にかトレード履歴の話になっている。
その間にも、
価格はどんどん下がっていた。
Dさんの含み損は、見る見る膨らんでいく。
ところがDさんは、
それを気にしていないように見えた。
チャートよりも、
自分にアドバイスをした視聴者の方が気になるらしい。
相場はどんどん逆方向へ進んでいる。
それでもDさんは、
視聴者への罵倒に夢中だった。
僕は思った。
FXの世界では、
アドバイスをするにも実績を証明しなければいけないのか。
「勝ってもないのに偉そうなこと言うな!」
「ボケ!」
罵倒は続く。
その間も、価格は下がり続けていた。
その時だった。
コメント欄が一気に沸いた。
「ザマー!」
「お疲れ様!」
「さすがプロ!」
「お前こそ引退しろ!」
「ゼロカ!ゼロカ!www」
何だ?
何が起きた?
どうやら、
Dさんが視聴者を罵倒している間に、
ポジションがゼロカットされたらしい。
「トレード履歴を送ってこい!」
と要求している間に、
自分のトレードが終了してしまった。
僕はチャートを見た。
そして気づいた。
Dさんがゼロカットされた場所。
そこが――
フィボナッチ50%だった。
……
僕は画面を二度見した。
さっきまで、
「なにがフィボナッチじゃ!」
と怒鳴っていた。
そのフィボナッチ50%で、
見事にゼロカットされている。
怖い。
でも、
ちょっと面白い。
当時の僕は、
フィボナッチのことなんて、ほとんど分かっていなかった。
それでも一つだけ分かった。
あの視聴者、当たってる。
Dさんは急に静かになった。
さっきまであれほど怒鳴っていたのに、
何もしゃべらない。
コメント欄だけが流れていく。
「ゼロカwww」
「50%きたぞ!」
「お疲れ様!」
Dさんは黙っている。
怖い。
今度は、
静かすぎて怖い。
数分経った。
突然、Dさんが口を開いた。
「……今からは売りじゃ!」
えっ?
さっきまで買ってなかった?
僕は混乱した。
しかし視聴者の反応はもっと早かった。
「ここから反発するぞ!」
「売るな!」
「今度は上だ!」
「ここから売るのは危ない!」
するとDさんは、
また元気になった。
「素人は黙っとれ!」
復活である。
しかも、かなり元気だ。
「この下げの勢い見て分からんのか!」
「ヘッジファンドが絡んどるんじゃ!」
「ここで反抗する奴は素人じゃ!」
どうやら今回の下落には、
ヘッジファンドが絡んでいるらしい。
あの短時間で、
どうしてヘッジファンドが絡んでいることまで分かったのか。
当時の僕には、まったく分からなかった。
とにかく、
プロはすごい。
そう思った。
ちなみに、
今でも分からないままだ。
ポーン!
きれいな電子音が鳴った。
Dさんが売りで入った。
視聴者が大反対する中でのエントリーである。
もちろん、
超ハイレバで。
そこからDさんは、
ヘッジファンドについて詳しく説明してくれた。
Dさんによれば、
今、世界中のヘッジファンドが売りを仕込んでいるらしい。
しかも、
すべての通貨を売っているらしいのだ。
とにかく、
ヘッジファンドが手を組み、
売りまくっているそうだ。
僕はその話を聞きながら、ふと思い出した。
聞いたことがある。
相場を動かしているのは、大口トレーダーだ。
大口トレーダーは、
大量の資金で相場を動かし、
莫大な利益を得ている。
そんな話を、どこかで読んだことがあった。
「なるほど!」
「これのことか!」
僕は感心した。
世界中のヘッジファンドが一斉に売っている。
その動きを、
Dさんはチャートを見ただけで察知したのだ。
やっぱりプロは違う。
僕にはただの急落にしか見えない。
Dさんには、
その向こう側にいるヘッジファンドまで見えている。
「う~ん……。う~ん……」
何か、うめき声が聞こえる。
さっきまであれほど大声でヘッジファンドについて語っていたDさんが、
急に静かになった。
そして、しばらくして。
「……やっぱり上か~……」
Dさんの、
か細い声が聞こえてきた。
えっ?
上?
さっきまで、
世界中のヘッジファンドが売っているんじゃなかったのか。
僕は画面を見た。
価格は反発していた。
しかも、
結構な勢いで。
どうやら今度は、
売りポジションが苦しくなっているらしい。
コメント欄が一気に沸いた。
「乙!」
「お前が素人だ!消えろ!」
「往復ビンタwwww」
ものすごい勢いでコメントが流れていく。
買いでゼロカット。
その直後に売り。
そして今度は、相場が反発。
完全に往復ビンタである。
Dさんは、しばらく黙っていた。
その時だった。
突然、叫んだ。
「これはヘッジファンドの利確じゃ!」
復活である。
さっきまで、
「……やっぱり上か~……」
とか細い声を出していた人とは思えない。
どうやらDさんの中では、
世界中のヘッジファンドが売りまくり、
その後、一斉に利確したことで、
相場が反発したことになったらしい。
なるほど。
そういうことか。
僕は感心した。
下がればヘッジファンドの売り。
上がればヘッジファンドの利確。
これなら、
どちらに動いても説明できる。
さすがプロである。
火柱だ!
火柱だ!
価格は、どんどん上がっていく。
さっきまでの下落が嘘だったように、
勢いよく戻していく。
「やっぱり上だよな~……」
Dさんが少し元気を取り戻した声で言った。
「方向性は合ってたのか~」
僕は思った。
いや。
さっき売ってたよな。
しかも、
世界中のヘッジファンドが売っていると言っていた。
その直後に上がった。
それでも、
「方向性は合っていた」
ことになるらしい。
相場の世界は奥が深い。
少なくとも、
当時の僕にはまだ理解できなかった。
ポーン!
また電子音がした。
「やっぱり買いだよ~。上だよ~」
そして、すぐにまた。
ポーン!
?
何が起きたんだ?
僕には、
もうよく分からなかった。
どうやらDさんは、
さっきの売りポジションを自分で損切りしたらしい。
というより、
ゼロカットされる寸前で、自分から切ったようだ。
そして二回目の、
「ポーン!」
今度は、
買いで入り直したらしい。
買い。
売り。
そして、
また買い。
数十分の間に、
相場観が何度も生まれ変わっている。
ちなみに、
その時の口座残高は、
588円。
僕は思った。
それ、今から入る意味あるのか?
でもDさんは、
まだ戦うつもりらしい。
今思えば、
Dさんが怒っていたのは、
アドバイスされたこと自体ではなかったのかもしれない。
自分が間違っているかもしれないところを、
他人に触られたからだ。
しかも、その相手が言った通りに、
相場は動いてしまった。
人は、自分の考えを否定された時、
必ず怒るわけではない。
でも、
自分でもどこかで不安に思っているところを突かれると、
その言葉は強く刺さる。
そして、
その指摘が当たってしまった時ほど、
認めるのは難しいのかもしれない。
だからDさんは、
相場を見るよりも、
自分にアドバイスをした視聴者を黙らせることに夢中になった。
少なくとも、
あの日の僕には、そう見えた。
もっとも、
当時の僕は、そんなことまで考えていなかった。
僕に分かったのは、
ただ一つ。
FXの世界は、
やっぱり怖い。
そしてDさんは、
資金588円、ロット数0.03で、まだ戦っていた。
あとがき
人から間違いを指摘されると、腹が立つことがあります。
なかなか素直には受け入れられません。
そしてこれは、
損切りができなくなる理由の一つでもあると思います。
人から、
「それ、間違ってるよ」
と言われるだけでも受け入れがたい。
それなのに、
自分自身で、
「自分の判断は間違っていた」
と認めなければならない。
これは、もっと難しい。
「ここから上がる!」
「絶対に下がる!」
そう思って、自分のお金を使ってエントリーした。
その直後に逆へ動いたからといって、
簡単に、
「はい、間違っていました」
とは認められません。
だから、
「もう少し待てば戻る」
「ここから反転する」
「大口が仕掛けている」
「これは一時的な動きだ」
と、
自分の判断が正しかったことにできる理由を探し始めます。
そして気がつけば、
相場を見るのではなく、
自分の間違いを否定するために相場を見るようになる。
これでは、
同じ失敗を繰り返してしまいます。
では、どうすればいいのか。
僕は、
ポジションを持つ前に、判断基準を決めておくこと
が大切だと考えています。
どんなシナリオで入るのか。
何を根拠にエントリーするのか。
そして、
何が崩れたら、その判断を撤回するのか。
先に決めておく。
含み損を抱えてから、
自分に都合のいい理由を探すのではありません。
レジリエンスFXでは、
感覚だけに頼るのではなく、
シナリオを組み立て、根拠を確認し、自分で判断するための基準
をまとめています。
相場で必要なのは、
いつも自分が正しくあることではありません。
間違った時に、それを認めて次の判断へ進めること。
興味があれば、
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