金融資産3000万円(アッパーマス層)を達成した時の実体験。中国株で500万円負けて、NVIDIAは3倍で売ってしまいました。
タイムマシンができたら、過去の私のマウスをカブトムシと入れ替えます。
NVIDIAの売却を止めるためです。
「よし、3倍になった。売ろう」
カサカサカサ。
「待て。売却ボタンが歩いていく」
そうです。そのまま机の端まで逃げてください。
人類の科学力を、私の利確阻止に全投入します。
……もちろん空想です。
タイムマシンまで発明して、最後は昆虫頼み。
もう少し何とかならなかったんでしょうか。
どうも、ぷりんうぉーたーです。
過去の自分に会えたら、もっと優しいことを言いたいものです。
でも、NVIDIAの売却だけは過去の自分に言いたい。
言って止まるなら、カブトムシは連れていきません。
今回は金融資産が約3000万円になった頃のお話です。
中国株で約500万円負けました。
同じ頃に買ったNVIDIAは約3倍で売りました。
負けたほうも悔しい。
勝ったほうも悔しい。
利益を出しても昆虫を送り込まれる。昔の私も大変です。
「あ、3000万になった」。でも、今回はちょっとうれしい。
前回は、働いて入金しながら資産を増やし、任天堂で約200万円負けて個別株の売買を休んだ話を書きました。
500万の記事
https://www.gogojungle.co.jp/mypage/display/navi/article/126361
1000万の記事
https://www.gogojungle.co.jp/mypage/display/navi/article/126442
その後、アベノミクスの時代に再び株へ戻ります。
そこから株との距離が、ぐっと近くなっていきました。
3000万円になったときの感想は、1000万円のときと似ています。
「あ、3000万になった」
言葉だけなら、ずいぶんあっさりしています。
でも、1000万円のときよりはうれしかったんです。
「やっとまともに株が買える」
そう思いました。
1000万円では株が買えない、という意味ではありません。
自分が買いたい銘柄や、買いたい量に対して、使えるお金が増えたという感覚です。
「これで安心ですね」
「これで買えますね」
質問と返事が、違う方向を向いています。
ゴールに着いた人の顔を期待したら、買い物に出発する人がいました。
しかも小走りです。
落ち着いてください。あなたが貯めたんですから、あなたのお金です。
ただ、「もう十分」「余裕ができた」という感覚はありませんでした。
買えるものが増えたのはうれしい。
でも、欲しい株を全部買おうと思うと、まだ足りない。
生活費の計算をしたら足りなかった、という話ではありません。
調べると、欲しい会社が次々に出てくるんです。
あれも買いたい。
これも買いたい。
こっちも面白そう。
3000万円あれば十分だと思うでしょう。
私のウォッチリストを見せたら、3000万円のほうが嫌がると思います。
「これ、私一人で担当するんですか」
すみません。まず一覧の最後まで目を通してください。
「まだ下にあるんですか」
あります。スクロールできます。
一般にアッパーマス層と呼ばれる金額です。
ただし、野村総合研究所の分類は、世帯の金融資産から負債を引いた「純金融資産」が3000万円以上5000万円未満というものです。
私がここで書いている金融資産とは、集計の基準を分けておきます。
立派な呼び名が付いても、私は「あれ欲しい、これ欲しい」です。
おもちゃ売り場から動かない子どもに、金融資産が付いた感じです。
買い物の規模感だけ、とてつもない成長をしています。
3000万円を作ったのは、入金と個別株でした。
では、どうやって3000万円になったのか。
働いて残したお金を入れる。
それに個別株の運用が加わって、3000万円になりました。
株が全部やってくれたわけではありません。
私も働いて、お金を入れています。
株だけの手柄ではなく、給与明細の手柄でもあります。
「すみません。給与明細も参加しています」
裏方みたいな顔で立っていますが、お金を出しています。
この頃の投資は個別株中心でした。
前回までの入金や投資信託の利益も土台にありますが、再び株へ戻ってからは、自分で会社を探して買い、売って、また探す。
インデックスだけだったら、同じスピードでは3000万円になっていなかったと思います。
あくまで私の感覚です。これは個別株の魅力の一つだと思います。
もう一つの人生で運用成績を比べたわけではありません。
個別株のほうが優秀だ、という話でもありません。
速く増えた部分もあれば、大きく減らした部分もあります。
追い風です。私の株にもお願いします。
アベノミクス相場は追い風でした。
実際、当時は2012年秋以降、株式市場全体が大きく上昇していきます。
でも、個別株が簡単だった記憶はないんです。
指数が上がっている。
自分の株を見る。
上がっていない。
もう一度、指数を見る。
上がっている。
私に気を使ってくれてもいいと思います。
もちろん、日経平均が上がれば私の選んだ株も全部上がる、なんてことはありません。
個別株は指数が上がっていても下がる株もある。
追い風ですと聞いて出てきたのに。
相場全体の話と、自分の口座の話は別でした。
趣味は、棒(ローソク足)を見ることです。
1000万円の頃は、まだ今ほどチャートを見ていませんでした。
ところが3000万円前後になると、1日3時間くらい見ていました。
「毎日3時間も勉強を?」
いや、遊んでいました。
私の感覚では、そっちです。
映画を見る人もいる。
ゲームをする人もいる。
本を読む人もいる。
私は、株価の動きを表すローソク足を見ていました。
棒です。
もちろん、その動きが面白いんですが、興味のない人からすれば棒です。
もし趣味の集まりで順番に発表したら、
「映画です」
「旅行です」
「棒です」
私のところだけ、司会が確認に来ます。
「棒を、どうされるんですか」
「見ます。3時間くらい」
「では、その棒の魅力をひと言で」
やめたほうがいいです。
ここから3時間始まります。
私は楽しいんです。
好きな会社を探して、チャートを見る。
また気になる株が見つかる。
頑張って続けよう、という感覚ではありませんでした。
努力を続けたのではなく、努力に見えることが趣味だった。
だから「毎日3時間やりましょう」とは言えません。
好きでもない棒を3時間見せられたら、苦行です。
普通は途中で帰ります。
お前は残れ。好きなんだから。
怖さが減ったので、買える量を増やしました。
500万円、1000万円の頃は、信用取引でレバレッジをかけていませんでした。
怖かったからです。
減ったらどうしよう。
怖いものは怖い。
ところが3000万円前後になると、以前ほど怖くなくなりました。
3000万円あるという事実が、恐怖を少し抑えていました。
個別株に使えるお金も増えている。
欲しい銘柄も増えている。
現金だけでは買いきれない。
そこで信用取引を使い始めました。
余裕ができた、とは思っていません。
「もっと買いたい」が先です。
買い物かごがいっぱいになったので、中身を減らすかと思ったら、かごを増やしました。
落ち着け。
信用取引は、保証金を担保に証券会社から資金や株を借りて行う取引です。
損失が大きくなれば、追加の保証金が必要になることもあります。
今振り返っても、気軽に扱うものではありません。
仕組みが私の成長を見て、優しくなってくれたわけではありません。
信用取引が安全になったわけではありません。私の怖さが減っただけです。
お金が増えたら安心すると思いきや、私の場合は買いたい量まで増えていました。
口座だけ育てていたつもりが、欲にも毎日ごはんをあげていたんですね。
よく食べます、こいつ。
「大きくなったねえ」と喜んでいたら、私より先に次の株を選んでいます。
中国株で約500万円負けました。
当時の記憶では、中国株がずいぶん人気でした。
私も買いました。
そして約500万円負けました。
大きいです。
最初の500万円は、働いて貯めたお金でした。
その金額が、今度は損失として出てきます。
「500万円を貯める道」と「500万円を失う道」。
今考えるとすごいことです。
後者は通行止めにしておきたいです。私がまた入ると困るので。
ただ、入口に「注目の銘柄」と書かれたら立ち止まりそうです。
看板を読むな。帰れ。
今だからこうして笑って書けますが、小さな失敗だったわけではありません。
人気があるものを買っても、自分の利益が約束されるわけではなかった。
資産が増えたら、判断まで自動で賢くなるわけでもなかったんです。
3000万円という金額だけ見れば、うまくやっている人に見えるかもしれません。
その中に、こういう売買も入っています。
NVIDIAも買っていました。未来は見えていません。
その同じ頃、NVIDIAも買っていました。
当時、口座で見ていた株価は約35ドルだったと記憶しています。
その後、NVIDIAは株式分割をしているので、現在のチャートに表示される価格と単純には比べられません。
3倍で売って喜んでいた当時の私に、今の株価を見せたら泡を吹いて倒れるでしょう。
「先見の明があったんですね」
そう言っていただけるとうれしいんですが、
ここまで読んだ方には、もう中国株で500万円負けたことがバレています。
未来が見えていた人の成績表ではありません。
NVIDIAも、この時期に触っていた銘柄の一つでした。
NVIDIAを買った私と、中国株で負けた私は同じ人間です。
成功した投資家と失敗した投資家が、別々に住んでいるわけではありません。
片方だけ登壇させても、同じ顔で控室にもう一人います。
「中国株の話は?」
今、出てこないで。
……という編集はしません。
当たった売買も、外した売買もあります。
一つ当たったから全部見通せる人になるわけではないし、一つ外したからその人の売買が全部ダメだったことにもならない。
私の場合、両方を並べないと本人が出てきません。
そして、そのNVIDIA。
約3倍になったところで売りました。
利益は出ています。
普通に考えれば、十分うれしい結果です。
ところが今の私は、冒頭のとおりです。
タイムマシンに乗って売却を止めたい。
ただ、止められる側の私にも言い分があります。
「利益、出しましたけど?」
そうなんです。
そこなんです。
勝って帰ってきた自分に、未来から苦情が届くんです。
後悔するための選択肢が多すぎます。
中国株で負けた。
「なぜ買った」
NVIDIAを売ったあと、さらに上がった。
「なぜ売った」
では、売らずに持ち続けて下がったら?
「なぜ売らなかった」
利益が出ても?
「もっと取れた」
これ、過去の私に逃げ道ありますか。
全てのドアの前に、今の私が立っています。
しかも全員、結果を知っています。
当時の自分は、その先のチャートを持っていません。
それなのに後から来た私が、完成したチャートを広げて採点する。
学校でこれをやったら、先生のほうが怒られると思います。
投資は、負けたときだけ後悔するとは限りません。
3倍で売れたという結果まで、その後と比べると「足りなかった」に変わってしまう。
3000万円あっても欲しい株には足りない。
3倍で売っても、その後の上昇には足りない。
私はずっと「もっとよかった場合」と比べていたんですね。
そりゃ、なかなか満足しません。
相手は毎回、あとから選んだ最高の展開なんですから。
転職でも、買い物でも、「あっちを選んでいたら」と思うことはあります。
ただ、選ばなかったほうの人生まで、ずっと順調だったかは分かりません。
株も「持っていれば」で話は終わらない。
途中の値動きに、自分が付き合えたかという問題もあります。
それでもNVIDIAについては、マウスを替えたいです。
理屈は理解しました。
カブトムシの準備もできています。
さて、お金は増えました。
3000万円になったときは「あ、3000万になった」でした。
でも、1000万円のときよりは、かなりうれしかったです。
入金と個別株で増やしてきたお金を見て、やっとまともに株が買えると思ったんです。
その頃を振り返ると、金額と一緒に思い出すものがあります。
欲しい株がたくさんあったこと。
信用取引への怖さが、以前より薄くなっていたこと。
中国株で大きく負けたこと。
NVIDIAで利益を出したのに、今も売却を止めに行きたいこと。
そして、毎日チャートを見るのが楽しかったこと。
株を好きになったからといって、負けなくなったわけではありません。
3時間見れば勝てるわけでもありません。
でも、好きだったから、見ることそのものが楽しかった。
その違いは大きかったと思います。
文章を書く人が、頼まれてもいない一文を何度も直す。
釣りが好きな人が、次に使う道具のことをずっと考える。
本人にとっては、そこまで含めて楽しいんでしょうね。
私にとっては株でした。
「よくそんなに続けられますね」と言われるものの中に、その人の好きなものが隠れているのかもしれません。
「やっと買える」と喜んだ私ですが、その先もなかなか忙しいです。
欲しいものは増えるし、怖さの感じ方も変わるし、勝った売買にまで文句を言う。
お金が増えても、心が一緒に完成するわけではありませんでした。
それでも、夢中になれるものができた。
これは残高とは別に、私の人生に起きたことです。
株を通して見えてきた、こういう自分の話を、これからも書いていこうと思います。
さて、タイムマシンの話に戻ります。
カブトムシにマウスの代役を頼んでも、過去の私はたぶん画面を見続けます。
売れなくても、チャートは見られますから。
1日3時間。
先に飽きるのはカブトムシです。
「すみません。森に帰っていいですか」
いいですよ。私のほうは、まだ見ます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
株の話にカブトムシまで付き合わせてしまいました。
次は5000万円のお話です。
この先も付き合っていただけるようであれば、フォローをいただけるとうれしいです。
※本記事は筆者の記憶に基づく投資経験と振り返りです。特定銘柄や信用取引を勧めるものではありません。投資には損失のリスクがあり、過去の利益は将来の成果を保証しません。