「取れなかった利益」は損失ではない
FXをしていると、取引しなかったことを後悔する瞬間があります。
「ここで買っていれば上がっていた」
「あと30分持っていれば利益になっていた」
「今日休まなければ取れたのに」
あとからチャートを見ると、答えは簡単に見えます。
きれいに上がっている。
そこで、
「5万円取り逃した」
という感覚になることがあります。
でも、本当に5万円を失ったのでしょうか。
実際には、その5万円は一度も自分の口座に入っていません。
利益を逃したことと、お金を失ったことは違う
たとえば、今日は相場がよく分からなかったので取引を見送ったとします。
その後、ドル円が大きく上昇しました。
もし買っていたら10万円の利益になっていた。
そこで、
「10万円損した」
と考えてしまう。
でも口座残高を確認すると、昨日と同じです。
1円も減っていません。
つまり、
「得られたかもしれない利益」と「実際に失ったお金」は別物です。
可能性があったというだけで、その利益が自分のものだったわけではありません。
後から見るチャートには「答え」が載っている
厄介なのは、チャートをあとから見ると簡単に見えることです。
「ここで買えばよかった」
「この高値で売ればよかった」
未来が分かった状態で過去を見るからです。
でも、その瞬間には、
さらに下がる可能性もあった。
突然ニュースが出る可能性もあった。
自分の判断が間違っている可能性もあった。
その不確実性の中で、見送る判断をした。
ならば、あとから上がったという結果だけを見て、
「判断を間違えた」
と決めつける必要はないと思います。
「取り逃した」と思うと、次に無理をする
ここが一番危ないところです。
見送った相場が大きく動く。
悔しい。
次に似た場面が来る。
すると、
「今度こそ乗り遅れたくない」
という気持ちが出てきます。
本来なら見送る条件なのに入る。
まだ根拠が弱いのに入る。
値動きが始まってから追いかける。
つまり、前回の「取れなかった利益」を取り返そうとして、次の取引の基準まで変わってしまう。
これは実際の損失を取り返そうとする時と、少し似た構造があります。
相場ではなく、自分の後悔を見て取引するようになってしまいます。
SNSを見ると、機会損失がもっと大きく見える
SNSも、この感覚を強くしやすいと思います。
自分は今日は取引しなかった。
でもSNSを見ると、
「今日+8万円」
「ゴールド爆益」
「ここ簡単でした」
という投稿が並んでいる。
すると、
「自分だけチャンスを逃した」
ような気持ちになります。
しかし、市場には毎日たくさんの参加者がいます。
誰かは勝っています。
毎日勝った人を探せば、毎日見つかるでしょう。
それを基準にしていたら、いつまでも休めません。
大事なのは、他人が取った利益ではなく、
自分がその時点で参加する条件を満たしていたか
だと思います。
何もしなかった日にも価値がある
FXをしていると、
取引した日=何かした日
取引しなかった日=何もしなかった日
のように感じることがあります。
でも、本当にそうでしょうか。
条件が悪いから見送った。
焦っているから休んだ。
重要な指標があるから参加しなかった。
これも判断です。
むしろ、
やらないと決めて、本当にやらなかった。
これはルールを守れた日とも言えます。
利益は出ていない。
でも損失も出ていない。
FXで「負けないこと」を優先するなら、それで十分な日があってもいいと思います。
取れなかった利益まで追いかけない
相場はこれからも動きます。
自分が寝ている間にも動く。
仕事をしている間にも動く。
旅行している間にも動く。
そのすべてを取ることはできません。
だから、
「あの上昇を取れなかった」
「あの下落を逃した」
と一つずつ数え始めたら終わりがありません。
取れなかった利益は、もともと自分のお金ではない。
口座から実際に減ったお金と、頭の中で計算した利益を分ける。
これだけでも、次の無理なエントリーは少し減らせると思います。
FXでは、チャンスを全部取る必要はありません。
市場は明日もあります。
そして、
見送ったことでお金が減らなかったなら、その日は少なくとも相場では負けていません。