第2章【後編】:テクニカルの迷宮 — 勉強漬けの日々 —
七、日足職人の発見と、初めての勝体験
「勝率は7割を超えているのに、生身の人間がマウスを握っている限り、プロスペクト理論(損小利大の逆=利小損大)に支配されて口座残高が減っていく……」
テクニカル分析の迷宮でコツコツドカンを繰り返し、深い徒労感に打ちひしがれていた2019年の冬。 私はある週末、発想を根底からガラリと変える決断をした。
「5分足や15分足の短い時間軸ばかり見ているから、日中のノイズのような乱高下に感情が揺さぶられ、チキン利確や損切り拒否を引き起こすんだ。 もっと相場の波が大きく、世界中の機関投資家が最も重視している『日足(Daily Chart)』だけを基準にしたらどうだろう?」
私は過去数年分のチャートを1日ずつ巻き戻し、日足ローソク足の形状、移動平均線の傾き、そして大口投資家の資金流入パターンを手動で泥臭く検証し始めた。 そして、ついにシンプルにして強力な構造的優位性を持つロジックを導き出したのだ。 私はこの手法を、敬意を込めて『日足職人』と名付けた。
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「日足職人ロジック」要約版
・セットアップ:安値の切り下がりの条件売り圧力の限界を検知。
・トリガー:終値が直近足の上値を更新で発動。
・資金管理:初期のSLは直近安値の下。一定のリスクリワードをベースに、段階的に追従するトレーリングストップ。
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≪「朝7時、コーヒーを飲みながらチャートを一度だけ確認する。条件が揃っていれば指値をセットし、あとは夜までPCを閉じる。これなら会社員として外回り営業をしている最中も、スマホの通知に怯えて胃を痛めることが一切ない!」
私はこの「日足職人」のルールに従い、少額での実運用を開始した。
結果は、劇的だった。 もちろん損切りにかかる日もある。しかし、感情を挟む隙間を物理的に遮断したことで、「損小利大」の美しいトレードが淡々と積み重なっていったのだ。
1週間でプラス1万5,000円。1か月でプラス6万円。 爆発的な一攫千金ではない。しかし、自分の口座残高が綺麗な右肩上がりを描いて増えていくという感動を、私は人生で初めて味わっていた。
「勝てる……! 感情を捨てて、時間軸を広げた構造的なルールに従えば、相場は絶対に攻略できるんだ!」
胸の奥で、小さくも揺るぎない希望の炎が灯った瞬間だった。
八、プログラマーへの仕様書と、産声を上げた第一号EA
数ヶ月間、「日足職人」のルールで利益を積み重ねるうちに、営業マンとしての多忙な日常の中で新たな課題が浮き彫りになってきた。
「毎朝7時に起きてチャートを開き、ヒゲの長さを計算して指値を置く作業そのものが、出張や繁忙期の朝にはどうしても負担になる……。寝坊したり急な対応が入れば、絶好のチャンスを逃してしまう」
そこで思い至ったのが、プログラミングによる「完全自動売買(EA化)」だった。
「ルールがこれだけ明確に数値化できているなら、すべてをプログラムのコードに落とし込み、24時間休まず稼働するシステムを作ればいいんじゃないか?」
私はWordとExcelを開き、自分が頭の中で行っているロジックを1ミリの曖昧さもなく言語化した「仕様書」の作成に取り掛かった。
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【裁量手法をシステム化(仕様書作成)するための要件定義】
・条件分岐の厳格化:
「相場の勢いを見て」といった人間の感覚表現をすべて排除し、
「前日足の高値を実体で超えた」「安値切り下げが〇本連続」など、完全な数値条件へ変換。
・エラー処理と例外規定:
指標発表前後のスプレッド拡大時のエントリー拒否、週末持ち越し防止設定など、
システムが暴走しないための安全ルールを明記。
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クラウドソーシングサイトで実績のあるMQLプログラマーを探し出し、渾身の仕様書を託して開発を依頼した。
一週間後、プログラマーから「完成しました」というメッセージとともに、一つの.ex4ファイルが届いた。 震える手でMT4のフォルダへ格納し、チャートへドラッグ&ドロップする。 画面右上、EAの名前の横で、小さなニコちゃんマークが静かに微笑んだ?
ポチッ。 バックテストの開始ボタンを押す。 画面上で、緑色の資産曲線がみるみるうちに綺麗な右肩上がりを描いていく。
「動いた……! 俺の頭の中にあった『日足職人』が、完全自動で動いている……!」
自分の思考が電子の血肉となり、一切の感情を挟まずに淡々と利益を弾き出す圧倒的な感動。 私は画面に釘付けになり、夜が明けるまで何度もバックテストを繰り返したのだった。
九、外注EAの限界と、心に忍び寄る「慢心の影」
しかし、この第一号外注EAとの出会いは、私に最高の感動を与えてくれたと同時に、兼業投資家としての新たな「もどかしさ」と「危険な落とし穴」をもたらすことになった。
外注して作ったEAは、仕様書に書いた通りの動きは完璧にこなしてくれる。 だが、相場が少し変化し、「インジケーターの計算式を少し改良したい」「損切りのタイミングを微調整したい」と思った時、自分自身でコードを1行も触ることができない。 修正のたびに追加費用と日数がかかり、システムのブラックボックス(中身の見えない不透明さ)が、徐々に小さな不安の種となっていったのだ。
さらに恐ろしかったのは、自動で利益が出るようになったことによる「私自身の慢心」だった。
「なんだ、自動売買(EA)って思ったより簡単じゃないか。 日足のロジックで勝てるなら、ネットで高評価されている市販の有名EAを買い集めて回せば、一気に何倍ものスピードで億を目指せるんじゃないか?」
口座残高が増えたことで、かつて15万円の爆損でボーナスを溶かした痛烈な反省は、いつしか傲慢な欲望へとすり替わろうとしていた。
そしてこの慢心こそが、やがて私を我が人生最大の悪夢——『魔の86万円ロスカット事件』という地獄の底へと引きずり落とす引き金になるのだった・・・