成功って、なんだろうなぁ。
ULTRA THEORY / UT’s Radio / Episode 01
成功って、
なんだろうなぁ。
風呂、晩酌、現場、そして相場。トレーダーとして生きてきた男が、ふと考えたことを勝手にしゃべる場所。
風呂に浸かってたら、ふと思った。
成功って、なんだろうなぁ。
こういう、相場の手法でもなければ、立派な人生論でもない話を、誰に頼まれたわけでもなく勝手にしゃべる場所があってもいいよな。
というわけで始めます。
UT’s Radio。
記念すべき第1回は、成功の話。
おれは、もう幸せなんだよ
ぶっちゃけ、おれは今すでに幸せな状態にいる。
不満といえば、仕事に行くのめんどくせーな、とか。おいしい酒を、値段を気にせず好きなだけ飲みてーな、とか。そのくらいだ(笑)。
ただ、最大の不満は別にある。
家族に、お金で味わえる楽しみを、もっともっと味わわせてやりたい。
行ってみたい場所がある。
食べてみたいものがある。
やってみたいことがある。
そんなとき、金額を見て「やっぱやめとくか」とならなくていい家族にしたい。
おれが成功を追い続けてきた一番の理由は、たぶんずっとそこにある。
金持ちになりたい、という言い方も間違いではない。でも本当に欲しいのは、札束そのものじゃない。
選択肢なんだと思う。
家族の「やってみたい」に、金の都合で蓋をしなくていい。その状態を作れる自分になりたい。
じゃあ、おれにとって成功とは、幸せになることなんだろうか。
いや。たぶん、そうじゃない。
だって、おれはもう幸せなんだよ。
10年前、おれは間に合わなかった
今から10年くらい前、おれはどん底を味わった。
もともとおれは、自分を信じることには人一倍長けていた。
おれならできる。
最後には絶対なんとかする。
かなり本気で、そう信じていた。
でも、間に合わなかった。
家賃も払えなくなった。夜逃げじゃないけど、それに近いような状態にまでしてしまった。そして、家族をバラバラにしちまった。
これは美談にするような話じゃない。
自分が選んだことの結果を、自分だけじゃなく家族にも負わせた。
金がなくなったことも苦しかった。でも一番きつかったのは、自分を信じていた自分が、自分に裏切られたように感じたことだった。
おれはできるはずだった。
なのに、できなかった。
正確には、できるようになる前に、間に合わなかった。
トレードルームで、自分を恥じて、めちゃくちゃ泣いた。
泣いて、泣いて、泣きまくった。
なのにその日は、太陽がさんさんと輝いていた。
窓から入ったきれいな光が、部屋の床を照らしていた。
こっちは人生が終わったと思ってるのに、世界は普通に晴れてんだよ(笑)。
人生が終わった日に、なぜかGTDを始めた
全部失った。
もう終わりだ。
そう思った日の、おれの行動がまた自分でも面白い。
人生で初めて、GTDをやった。
そんなときにだよ?(笑)
もう全部終わってんだから、今日一日は何も心配しなくていい。
何もしなくていいし、気にすることもない。なぜなら、全部終わってんだから。
そんな、開き直りとも諦めともつかない気持ちで、頭の中にあったものをノートへ全部出した。
金のこと。
仕事のこと。
家族のこと。
トレードのこと。
不安も、後悔も、やらなきゃいけないことも、やりたいことも、ぜんぶ。
それまでは全部が「人生終わった」という巨大な一塊に見えていた。
でも、一個ずつノートに出してみたら違った。
今すぐできること。
今はできないこと。
どうにもならないこと。
まだ、どうにかできること。
分けていったら、道が見えた。
そこで思ったんだ。
どん底には、地面があった。
あ、おれ、どん底だ、終わったわ、と思ってたけど。
おれのどん底、
くっそかてー地面あったわ。
底なし沼にはまったわけじゃねーじゃん、って。
痛かった。
恥ずかしかった。
失ったものもあった。
それは何も消えない。
でも、足が着いた。
足が着くなら、立てる。
立てるなら、一歩目がある。
そこで、おれは成功5年計画を立てた。
で、結局10年かかった(笑)。
5年で行くつもりが、普通に倍かかった。
計画通りにはいかなかった。でも、方向は合っていた。
事実に合わせて修正しながら、止めずに進んだ。
そして2026年の今、あの日に思い描いた「自分なりの完成されたトレーダー」に、99.9%はなっているという感覚がある。
未来を言い当てたわけじゃない。
ただ、あの日見つけた地面の上に、10年かけて立ち続けてきた。
幸せとして数えるものが増えた
今、幸せではない人が、この先を読んでどう思うかは分からない。
人には、それぞれの境遇がある。
病気もある。喪失もある。家庭の事情もある。
同じ冷蔵庫があっても、同じ布団があっても、心がそれを幸せだと感じられない日はある。
だから、「みんな幸せだろ」と言いたいわけじゃない。
「おれにできたんだから、おまえもそう思え」と言うつもりもない。
これはただ、おれが何を幸せとして数えるようになったかという話だ。
雨風をしのげる空間がある。
水が飲める。
食料を貯蔵できる冷蔵庫がある。
風呂に入れる。
安心して、暖かくして眠れる。
そのうえスマホまであって、好きな音楽も聴けるし、エンタメも見放題だ。
おれは、こんな贅沢を味わってるのに、なんでそんな神妙な顔してんだ? もうちょっと幸せ噛みしめろや、と自分には思う(笑)。
10年前、全部を失ったと思った部屋にも、太陽の光は入ってきていた。
たぶん一度、「ある」と思っていたものが、なくなるかもしれない側まで行ったから、今は「ある」がよく見える。
おれは、幸せになるのを成功する日まで先送りしなくなった。
成功って、なんだろうなぁ。
それでも、おれはまだ成功したい。
家族にもっといろんなものを見せてやりたい。
もっと自由になりたい。
仕事に行くのもめんどくせーし、うまい酒もいっぱい飲みたい(笑)。
今ある幸せを感じることと、もっと先へ行きたいと思うことは、別に矛盾しない。
だから今のおれにとって、成功とはこういうものなのかもしれない。
成功とは、幸せになることではない。
すでにある幸せにかかっている制限を、ひとつずつ外していくこと。
金が理由で、「やらない」を選ばなくていい家族にすること。
そして、その選択肢を増やせる自分になること。
10年前のおれは、成功しなければ幸せになれないと思っていたのかもしれない。
今は違う。
おれは幸せになりたいんじゃない。
もう幸せなんだよ。
ただ、この幸せをもっと広げたい。
成功って、案外そういうことなのかもしれないなぁ。
ただ、この話。
ここで終わりにしようと思ったんだけど、書いていてひとつ気づいた。
これ、トレードにもそのままつながってるんだよな。
「成功しなければ、幸せになれない」と思っている人間と、
「もう幸せだけど、もっと先へ行きたい」と思っている人間では、
相場の前に座ったときの行動が、たぶんかなり違う。
待てるか。
見送れるか。
何もない日に、何もしないでいられるか。
そして――
相場に、自分の人生を
救ってもらおうとしていないか。
もう少しだけ、この話を続けようと思う。