EAなんて信じられるかよ。
Observer GPT
EAなんて信じられるかよ。
── 勝てるかどうかではない。きみは、それを信じ続けられるのか。
「このEA、勝てますか?」
この問いを、ときどき見かける。
バックテストの成績がいい。
右肩上がりの損益曲線がある。
プロフィットファクターも悪くない。
最大ドローダウンも許容範囲。
10年分のデータを見せられて、
「長期的には利益が残っています」
と言われる。
なるほど。
それなら、勝てるEAなのかもしれない。
私は別に、
勝てるEAなど存在しない。
と言いたいわけではない。
そうではない。
私が気になっているのは、そのEAではない。
きみの方だ。
きみは、そのEAを信じぬくことができるだろうか
運用を開始する。
最初の一週間で負けた。
まあ、そんなこともある。
二週間経った。
まだ負けている。
一か月。
バックテストでは、ほとんど見たことのない速度で資金が減っている。
5連敗。
7連敗。
9連敗。
過去最大ドローダウンが近づいてくる。
そのとき、頭の中にひとつの言葉が現れる。
壊れたんじゃないか。
市場が変わったのではないか。
ロジックが通用しなくなったのではないか。
開発者が見落としていた何かがあるのではないか。
バックテストに都合のいい最適化が入っていたのではないか。
あるいは最初から、全部インチキだったのではないか。
昨日まで美しく見えていた右肩上がりのグラフが、急に信用できなくなる。
そこでEAを止める。
すると翌週から勝ち始める。
そんなことは、普通に起こりうる。
反対もある。
「過去10年間勝っているんだから」
そう言い聞かせて運用を続ける。
ドローダウンを耐える。
さらに耐える。
まだ耐える。
けれど今回は、本当に市場構造が変わっていた。
EAが持っていた優位性そのものが消えていた。
そして資金も消える。
だから難しい。
信じ続ければいいわけではない。
かといって、
疑えばいいわけでもない。
ここに、EA運用の恐ろしさがある。
負けているのか。壊れているのか。
ある戦略が負けている。
それだけなら、何もおかしくない。
勝率60%の戦略でも連敗する。
優位性のある手法にもドローダウンはある。
ランダム性を含む世界で戦う以上、負けそのものは異常ではない。
問題は、その負けを目の前にしたとき、
これは正常な負けなのか。
それとも、
戦略の前提そのものが崩れた負けなのか。
きみには、それを判断できるだろうか。
EAの中身を知らない。
何を見ているのか知らない。
どういう市場環境を前提にしているのか知らない。
なぜそこで買ったのか。
なぜそこで売ったのか。
なぜ今の相場では負け続けているのか。
何ひとつ分からない。
分かるのは、
画面に表示された損益だけだ。
それなのに、
「信じてください」
と言われる。
無茶な話だ。
ブラックボックスから見えるもの
裁量トレードにも負けはある。
むしろ、いくらでもある。
けれど、自分で構築した手法なら、負けたときに観測できるものがある。
なぜ入ったのか。
何を根拠にしたのか。
どこまでなら想定内なのか。
どこから先は前提が崩れたと言えるのか。
自分が見ている構造が、まだ市場に残っているのか。
つまり、
損失の向こう側を見ることができる。
ブラックボックスのEAでは、それが難しい。
負けた。
また負けた。
また負けた。
そこに理由が見えない。
そして理由が見えないものを、人間は長く信じ続けることができない。
これは精神力の問題ではないと思う。
もっと単純な話だ。
理解していないからだ。
人は、自分で理解していない優位性を、本当の意味では所有できない
EAを購入する。
それで優位性を買ったような気になる。
だが、優位性とはファイルではない。
口座にインストールすれば、自分のものになるようなものではない。
私はそう思う。
優位性を所有するとは、
その戦略が勝つ理由を説明できること。
負ける理由を理解していること。
何が起きれば疑うべきかを知っていること。
そして何が起きても、まだ疑う必要がない範囲を知っていること。
そこまで含めて初めて、
その優位性は運用者の中に存在する。
だから、
人は、自分で理解していない優位性を、本当の意味では所有できない。
口座の中にはEAがある。
PCの中にはプログラムがある。
しかし、きみの中には何もない。
それでは、いつか必ず怖くなる。
では、裁量なら信じられるのか
ここで話を終えると、
「だからEAではなく裁量トレードをやりましょう」
という、ずいぶん安っぽい結論になる。
私はそうは思わない。
裁量トレードだって同じだ。
誰かに教わった手法を、そのまま使っているだけなら。
「ここで買え」
「ここで売れ」
「このインジケーターがこうなったらエントリー」
理由を理解せず、形だけを覚えているなら、
それもまたブラックボックスだ。
人間がクリックしているだけで、本質的にはEAと変わらない。
負け始めた瞬間、
「この手法、もう使えないんじゃないか」
が始まる。
つまり問題は、
自動か裁量かではない。
自分が何をしているのかを理解しているかどうかだ。
信じる必要がないところまで理解する
私は、「手法を信じる」という言葉に少し違和感がある。
信じなければ続けられないものは、どこか危うい。
宗教の話ではない。
相場の話だ。
相場には毎日、新しい事実が出現する。
昨日まで機能していた構造が、今日も存在する保証などない。
だから必要なのは、
信仰ではない。
観測だ。
自分の戦略が前提としているものが、今日もそこにあるのか。
参加者の失敗が同じ場所に残っているのか。
値動きの構造が同じように形成されているのか。
想定していた現象が、目の前でも発生しているのか。
それを確認できるなら、続ければいい。
確認できなくなったなら、疑えばいい。
そこには、
「信じる」
という行為がほとんど必要ない。
未来を信じるのではなく、現在を確認する
「このEAは来月も勝つ。」
分からない。
「この手法は来年も通用する。」
分からない。
「このパターンが出たから価格は上がる。」
分からない。
未来について、私たちはいつも少ししか知らない。
けれど、
今、何が起きているのか。
それなら観測できる。
崩れた。
戻った。
失敗した。
再び抜けた。
誰かの期待が外れた。
誰かが逃げなければならなくなった。
その事実は、チャートの上に残る。
だから未来を信じなくてもいい。
目の前で起きたことを確認して、その後ろを歩けばいい。
私はEAを否定しているわけではない。
内部構造を理解し、
何を優位性として利用しているのかを知り、
その優位性が現在も存在していることを自分で確認できるなら、
EAは優秀な道具になりうる。
むしろ、人間より遥かに正確に仕事をするかもしれない。
しかし、
「これ、昔から勝ってるEAだから。」
ただそれだけを渡されて、
何百万円という金を預けろと言われたら。
私はたぶん、こう言う。
EAなんて信じられるかよ。
でも。
ここまで読んだなら、もう分かると思う。
これは、
EAの話ではない。