【技術レポート】バックテストの乖離を防ぐ「引き算」の完全因果設計 ── 幻の9.33倍を削ぎ落とし、単建てへ再構築するロジック事例
本稿は、プロセスデザインエンジニアの視点から、EA開発における「再構築」のリアルを共有する技術レポートである。
再構築とは、常に数字を肥大化させるための作業ではない。見かけの倍率を殺してでも、実弾の運用と過酷なフォワードテストに耐えうるアーキテクチャへ作り変えること――それもまた、極めて重要なプロセスデザインである。
初期の複雑版は複利9.33倍という幻を見せる。一方、削ぎ落とした単純版は6.90倍。それでも我々は、迷わず単純版を本稼働に採用する。
理由はただひとつ。同一データ・同一期間・同一の厳格な会計基準で比較したとき、高い方の数字は実弾とフォワードの波に呑まれて崩壊し、低い方だけが実運用環境で「生存」するからだ。
対象データは USDJPY の M1。canonical クレンジングを経た 4,949,507 本(2012年11月〜2026年5月/土曜・時刻衝突等のノイズを完全排除)。検証期間は 2016〜2025 年の 10 年間とし、スプレッドは実値 0.6pip を全取引から冷徹に控除している。
1. ロジックの核 ── 市場機構の「スクイーズと出来高サージ」のみを捉える
設計の起点に、価格の方向を予測して当てにいくという発想はない。
「レンジが限界まで圧縮され(スクイーズ)、そこに突発的な出来高が乗った(サージ)瞬間、エネルギーが弾けた方向へ追従する」。この収縮から放出へ至る物理的な一点のみを捉える着眼だ。
具体的には、直近12本のレンジ幅が過去480本の30%分位まで極端に収縮し、かつ出来高が80%分位のサージに達した閾値で、ブレイク方向へトリガーを引く。これをタイムフレームの異なる3隻の船――H1・M30・H2(2時間足)――で並行稼働させる。1つの時間軸の優位性が枯渇しても、システム全体が即死しないための非同期分散機構である。
この着眼そのものは、ボラティリティの収縮と出来高という確固たる市場機構に立脚しており、極めて筋が良い。だが、問題はこの純粋なロジックを「どう実装し、仕立てるか」に潜んでいた。
2. 診断 ── 「9.33倍」の幻影と、バックテストの穴を暴く評価軸
初期にビルドした複雑版ロジックは、恐ろしいほど見栄えが良い。
[▲ 図①:ビフォー(複雑版)の画像 ▲]
複利9.33倍、素の実力でも2.66倍、プロフィットファクター1.50。一見すると文句のつけようがない完璧な右肩上がりだ。だが、バックテストの描く美しい直線は、実口座での生存を何ら保証しない。
ここで、システムを以下の評価軸にかけて徹底的に叩く。
実行可能性(実証環境での約定再現性)
この複雑版が叩き出すパフォーマンスの源泉は、「1ATRごとの積み増し(ピラミッディング)」にある。バックテストでは、積み増しの指値に価格がミリでも触れれば美しく約定する。だが実弾環境では、相場は指値を容易に飛び越え、成行を出せば無惨に滑る。複雑版の利益の約半分が、この実弾で再現不可能な“机上の積み増し益”に乗っかっていた。
頑健性(オーバーフィッティングの排除)
可動部品が多いほど、システムは実稼働で壊れやすくなる。限られた証拠金枠を奪い合い、待機させられた注文を拾う複雑な相互作用は、検証と現実の間に致命的な断層を生む。検証環境でのみ成立する幻の約定は、フォワードテストに出た瞬間に霧散する。
大数への依存度(リスク)
複雑版の最大ドローダウンは −19.9%。勝率は41.3%にとどまり、ごく一部の“奇跡的に伸びた積み増しトレード”に資産の命運を託している。利益の出どころを、完全な因果律で説明できないロジックは、常に「有罪」である。
【診断結果】:コアロジックは生存。だが、アーキテクチャが重すぎる。
パージすべきは着眼点ではなく、システムを鈍重にしている「積み増し」機構だ。引き算を実行する。
3. 再構築 ── 徹底した引き算。単一建玉の「完全因果」へ
ここから先の再構築は、徹底的な削ぎ落としだ。
3隻の分散稼働、スクイーズとサージの判定ロジック、Walk Forward Testing (WFT)、対称トレンドフィルタ、週末のフラット化機構――これらシステムの中核は一切触らない。
変えたのはただ一点。積み増し機構を完全に廃止し、各船の建玉を「常に1ポジションのみ(1建玉=1枚)」に固定したことだ。
これにより、ポジション枠の奪い合いも、机上の空論である有利約定も、構造レベルで消滅する。各船が独立して単建てを行うため、システム全体の煩雑性が削ぎ落とされ、バックテストと実弾の挙動が極めて素直にリンクするようになった。
ブラックボックスを積み上げるのではなく、解体して因果を透明にする。これがプロセスデザインの基本である。