株式投資は博打なのか
「株式投資は博打だ」
そう言い切る人は多い。
投資をしていない人にとって、株価の上げ下げはただの運に見える。
だからこそ、株式投資を博打と呼ぶ人が後を絶たない。
◆ 結局は二通り
理由は単純だ。
株価は上がるか下がるかの二通りしかない。
言うまでもなく、投資とは買値から上がれば利益を得て、下がれば損が出る世界。
どれほど銘柄の精査を行っても、画面越しに対峙するのが人間の思惑である以上、その推移を読み切るなど不可能だと言い切れる。
◆ 祈りか、仮説か
サイコロを使う丁半博打を考えてみよう。
丁/半のいずれかになるのは完全に運だ。
博打とは、未来の不確実性に「祈り」を乗せる行為だと言える。
確率が50:50の中、それを期待感のみで勝ちにいくということだ。
株式投資も、上がるか下がるかだけを予想して行えば、正に丁半を予想するのと同じ「博打」だということになる。
ただ、本当にそうだろうか。
◆ 50:50を動かす思考
株式投資の場合には、その銘柄に様々な要素を見出すことが可能だ。
多くの投資家が、何らかの思惑を持って投資を行っている。
その銘柄に国策が絡んでいたり、トレンドに沿っていたり、
次回決算への期待や大手企業との協業、TOBやIRへの期待感、テクニカル妙味など。
後付けの側面はあれど、上昇を見せている銘柄には、何かしらの理由・思惑が存在する。
このあたりを踏まえて戦略的に考えていけば、50:50の確率を自分の側へ動かすことは、十分に可能になる。
◆ 浅い理由づけが招く結果
浅い理由で買った銘柄であればあるほど、少しの株価の変動で狼狽してしまいやすくなる。
そうなれば、本来見込んだ期待値が実現する前に手放すことになり、有効なトレードに繋がりにくくなる。
逆に、銘柄を精査すればするほど、自分がその銘柄を保有する理由が確固たるものになっていく。
それによって、少しの変動に動揺せず、冷静に保有を続けられるようになる。
◆自分で考えるということ
ほとんどの個人投資家は、何となく株を買って、何となく保有している。
そして、上昇や下落を見て、気持ちがブレたタイミングで何となく売却することを繰り返している。
これは、何の武器も持たず、何の戦略もないまま戦場に立っているのと同じことだ。
はっきり言う。
私は日々多くの個人投資家と接しているが、このスタンスを取っている個人投資家のほとんどはいずれ市場から退場していく。
だから、考えるしかない。
少額の投資で小遣い稼ぎだとか、インデックスファンドの利回りで満足だというなら何も言うまい。
しかし、投資で自身の人生を好転させたいなら考えることだ。
考えるほどに、あなたの投資は研ぎ澄まされていく。
それによって、その銘柄を買ったことに理由づけができ、保有を続けることにためらいがなくなっていく。
それでも、多くの局面で苦い思いを繰り返すことになると思う。
ただ、それを乗り越えた先にこそ、当初思い描いた大きな利益獲得が待っていると思うのだ。
考え抜いて検証を重ねた先に、あなたの投資の成功が待っている。
当初50:50だった期待値は、大きく片方の比重が増してくるだろう。
◆結論:自らの思考と意志で結果は変わる
博打だと思って取り組む株式投資は、完全に「博打」でしかない。
ただ、本気で勝ちを手繰り寄せようと思うなら、それは紛れもなく「投資」に変わる。
私が信じてきたのは後者だ。
そして、実際にそれなりの結果を導いてきた。
何度も失敗を繰り返してきたが、それでもこの考えは変わらなかった。
あなたが投資を始めるときに思い描いた理想は、正しいアプローチを続けることで近づいてくる。
まずは、そう信じて歩みを進めてほしい。
Is it OK?