「誰かに煽られて大損した」という話がよく流れてくる
最近、「誰かに煽られて大損した」という話がよく流れてくる
「あいつが悪い、煽った奴が許せない」
「自己責任とか言うな」
「大勢の被害者がいるのに、自己責任の一言で終わらせるのはおかしい、間違っている」
「投資は自己責任なのは大前提としても根拠のない買い煽りはね、その情報を信じてレバかける方もいるだろうし」
まず現状分析
法的には、詐欺や相場操縦に該当しない限り、刑事責任は問えないそうです
民事で損害賠償を争う人もいるが、勝つのは極めて難しい
「煽ったあいつが悪い」と言っても、相手の責任にはできない、自分の責任、自己責任になってしまう
「それはおかしい!」と怒る気持ちは分かるし、自己責任がおかしいのか間違っているのかは、色んな考え方や議論はあると思うが、とりあえずそれは横に置いて、現実的なことを考えてみる
自己責任というのは事実(正しいか間違っているかは別の話)なので、別の言い方すれば、この世界のルールなので、現状はそれを受け入れるしかない、これが現実
おかしい、間違っていると叫んだり、恨んだり、文句を言っていても何も変わらないということ
じゃあ、「現状、現実を受け入れろと、騙され続けるのは仕方ないのか」というと全然そんなことはない
相手は変えられない(煽る人、騙す人は無くせない)が、自分は変えられる
自分を変えることで、騙されなくすることは可能なので、それが効率がいい、合理的な解決方法になる
これは、相場に限らず、人生全てに言えること、「誰かのせい、何かのせいをやめる。すべて自分の責任、自分が原因と考えて、自分を変えることで、嫌な出来事、騙されることは、どんどん減らしていける」、人生をよりよくしていける考え方
カナダの精神科医エリック・バーン
「過去と他人は変えられない。 あなたが変えられるのは自分自身と未来だ」
『7つの習慣―スティーブン・R・コヴィー著』
自己責任の原則
問題は自分の外にあると考えるならば、その考えこそが問題である。
『アドラー心理学入門 岸見一郎著』
自分の生き方の問題として見るとき、アドラー心理学は非常に厳しいものであるといわなければなりません。
昔も今もすべては自分に責任があるというような考え方は容易に受け入れられてこなかったのではないか、と思います。
自分には何もする余地がないとすれば不幸を前にしてただ手をこまねいて待っていることしか私たちには残されていないことになります。
そうではなく自分が人生を創っているのであって、自分がこの人生の主人公であることを知ったとき、人は自分が動くしかないことを学ぶことになります。
『執事だけが知っている世界の大富豪58の習慣 日本バトラー&コンシェルジュ代表新井直之著』
これまでさまざまな大富豪と接してきましたが、彼らが愚痴をこぼす姿は見たことがありません。
「胡散臭い人間が近づいてくるのは、自分に隙があるからではないか」「新規事業がうまくいかないのは、自分に見る目がなかったせいだ」と考えるのです。
誰かに責任転嫁することはけっしてありません。
自分自身の行動や判断を振り返って原因を探っていきます。
どんな問題が起ころうと、すべては自分が引き起こした結果と捉えるので、反省はしても不毛な後悔はしませんし、愚痴をこぼすこともありません。
愚痴をこぼすのは、自分自身に文句を言っているのと同じことですから。
自分の人生を主体的に生きていくとは、こういうことではないでしょうか。
『7つの習慣―スティーブン・R・コヴィー著』
「第一の習慣」人生の責任を引き受ける。
主体性を発揮する習慣。
人間の本来の姿は主体的なものである。
だから、意識的な選択にせよ、無意識的な選択にせよ、もし自分の人生が今までの条件付けや周りの状況にコントロールされている(自分が不幸なのは誰かのせい、周りの環境のせい)とすれば、それは、そうしたものに主導権を譲った結果にほかならない。
自分の人生に対する責任を放棄すると、反応的になる。
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