米雇用統計が与える為替への影響とは
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米雇用統計が発表される直後は、為替相場が大きく変動するのは投資家の間では知らない人がいません。FXで投資を行っている人、特にUSD/JPYの投資を行っている人にとって見逃せないイベントです。そこで今回は米雇用統計とは何なのか、米雇用統計はなぜ為替相場に影響を与えるのかなどについて解説したいと思います。米雇用統計が重要なのは知っているけど、なぜそれが大きなインパクトを持っているのかわからない、という人にぜひ読んでいただきたい記事です。
■米雇用統計とは何か
米雇用統計とは米政府が発表する経済統計の一種で、一般的には米労働省労働統計局が発表するEmployment Situation(雇用情勢)を指します。米雇用統計の発表は毎月行われ、発表日時は原則として固定されています。発表日は毎月第一金曜日で、発表時間はニューヨーク時間8時30分です。日本時間では、米国が冬時間(EST、東部標準時)の場合22時30分に、米国が夏時間(EDT、東部夏時間、3月第2日曜日14時から11月第一日曜日14時まで適用される)の場合21時30分に当たります。
雇用情勢として発表されるデータは、人口(雇用者数、失業者数、非労働人口数、労働参加率)、失業率(年齢別、人種別、男女別、学歴別)、失業理由、失業期間、パートタイム労働者数(理由別)、非労働人口の内訳、非農業部門就業数、女性労働力率・生産及び非管理職雇用者比率、労働時間・賃金(平均週労働時間、平均時給、平均週給)、景気動向指数の10種です。
■米雇用統計の注目ポイント
10種類の雇用情勢データの中で「米雇用統計」として大きな注目を集めるデータは「非農業部門就業者数」と「失業率」です。
非農業部門就業者数は非農業部門で就業する被用者(非労働力人口や自営業者を除く)の内訳を示したものです。就業者数は民間部門と公的部門に分けて発表され、民間部門は業種ごとの雇用者数や増減率が発表されます。特に注目を集めるのは製造業の就業者数です。なぜなら、その増減は製造業の生産状況を反映しており、他部門(サービス業など)の投資の増減や、今後の米景気の方向性を示すものと考えられているのです。
失業率は失業者数を労働力人口で除して100を乗じて算出されます。失業者は(1)仕事に就いておらず、(2)現在就業可能であり、(3)求職活動を行ったという三つの条件を満たす者です。なお、日本の定義では「調査時点から過去1週間以内に求職活動を行った者」のみが失業者とされるのに対し、米国のそれは「4週間以内」と範囲が広くなっています。そのため日本に比べ米国の方が失業者数は多く、失業率は高くなる傾向にあります。
■米雇用統計の推移
それでは米雇用統計は長期的にどのような推移をたどっているのでしょうか。以下では2001年以降の非農業部門就業者数と失業率を概観します。
2001年以降の米国経済は2つの景気後退を経験しています。そのきっかけとなったのは、2001年の情報通信株バブル(ITバブル)の崩壊と、2008年の住宅バブルの崩壊です。特に後者は住宅バブルに深く関与していた米大手投資銀行リーマン・ブラザーズの破綻を経て、世界的な金融危機に発展しました。俗に言う「リーマン・ショック」です。
米雇用統計はこうした景気の波を如実に表現しています。非農業部門就業者数(製造業)については、ITバブル崩壊前の1700万人超から崩壊後は1400万人台に、住宅バブル時は下げ止まったものの崩壊後は1100万人台にまで落ち込みました。他方失業率については、ITバブル崩壊前の4%台から崩壊後は6.3%(2003年6月)に、住宅バブル絶頂期の4%台から崩壊後は10%(2008年10月)にまではねあがりました。
(資料)U.S. Department of Labor Bureau of Labor Statistics, Labor Force Statistics from the Current Population Survey, Table A-1, https://www.bls.gov/cps/cpsatabs.htm
〔図〕米失業率(単位%)
(資料) U.S. Department of Labor Bureau of Labor Statistics, Current Employment Statistics - CES (National), Employees on nonfarm payrolls by industry sector and selected industry detail, https://www.bls.gov/cps/cpsatabs.htm
■米雇用統計と為替相場への影響
なぜ米雇用統計は投資家たちから注目を集めるのでしょうか。それは米雇用統計が市場に大きな影響をもたらすからです。
米国で金融政策を運営しているのは中央銀行である米連邦準備銀行(FRB)です。日本銀行同様、「発券銀行」としての機能、「政府の銀行」としての機能があることに加え、市場・景気・物価に大きな影響を及ぼす「銀行の銀行」としての機能があります。FRBは民間銀行との金融取引を通じて、市場の資金需給を調整したり、金利を誘導したりしています。
中央銀行は物価(景気)の安定を目的に金融政策を行っています。物価・景気の先行きを見通しながら、金融を緩和したり、引き締めたりしています。物価の先行きを示す経済指標は多く存在しているにもかかわらず雇用統計が重要な存在として注目を集めるのは、FRBが雇用の安定をその目的に掲げているからです。
雇用の安定が脅かされ失業が増加しそうな場合は、FRBが責任を持って金融緩和し、景気を刺激すべく行動します。逆に景気が過熱気味で労働市場がひっ迫し、賃金が急騰しそうな状況になれば、FRBは金融を引き締め、景気をスローダウンさせるべく行動を取ります。
賃金の上昇は国民にとって喜ばしく、わざわざ景気を抑制すべきではないとの意見も見られます。しかし、賃金コストの上昇が物価の上昇に結びつけば、消費(とりわけ年金受給者など賃金上昇の恩恵に浴することができない人々の消費)を抑制し、景気後退につながる可能性があります。そのためFRBは景気過熱の状況が確認できれば、景気や物価を適度に抑えるべく金融を引き締めるのです。
■米雇用統計が景気過熱の兆候を示したら
失業率が予想より大きく改善したり、就業者数が予想を超えて増加したりする場合、FRBはそれを「景気過熱のサイン」と捉えます。上でも述べたように、米雇用統計が景気過熱の兆候を示した場合、予測されるのは金融政策の引き締めです。
FRBが量的に金融政策をコントロールしている場合は、金融市場へ供給する資金量を絞り込まれますので、市場での資金需給のひっ迫が予想されます。FRBが金利を重視して金融政策を運営している場合は、市場金利の上昇が予想されます。市場金利の上昇は、預金金利や貸出金利などを上昇させ、米国内で家計や企業の経済活動に影響を及ぼします。
それでは景気過熱の兆候は外国為替相場にどのような影響を及ぼすのでしょうか。景気が過熱しそうになると、FRBは市場金利を高めに誘導します。他国の市場金利がそのままで米国の市場金利だけが上昇すると、米国と他国の金利差が広がります。国境を越えて移動する投資マネーは米国へと流入する際、他国通貨を売り、米ドルを買いますので、ドル高他国通貨安の圧力が働きます。
■米雇用統計が景気減速の兆候を示したら
逆に失業率が予想より大きく悪化したり、就業者数が予想を下回る増加しか示さなかったり、予想を上回る減少を示した場合、FRBはそれを景気減速のサインと捉えます。上でも述べたように、米雇用統計が景気減速の兆候を示した場合、FRBが金融緩和政策を実施すると市場は予想します。
FRBが量的に金融政策をコントロールしている場合は、金融市場へ供給される資金量が増やされますので、市場での資金需給は緩和します。FRBが金利を重視して金融政策を運営している場合は、市場金利が低下します。市場金利の低下は、預金金利や貸出金利など金利全体に波及し、米国の家計や企業の経済行動を変化させます。
景気減速の兆候は米国の市場金利の低下に結びつきます。他国の市場金利はそのままで米国の市場金利だけが低下すると、米国と他国の金利差が縮まります。国境を越えて移動する投資マネーは米国から他国へと流出し、ドル安・他国通貨高の圧力が働きます。
■米雇用統計の事前予想と予想からの乖離
金融機関や金融の専門家たちは自身の経営上の必要性から、あるいは顧客への情報提供の必要性から今後発表される経済指標や企業業績の結果について予測を行っています。専門家は持っている情報の差や、情報の分析能力、分析の方向性などから独自の予想を出し、予想の間にはバラツキが生じます。それら予想の中で重要なのが予想のちょうど中央に位置する値で、「市場予想」や「(市場)コンセンサス」と呼ばれます。
多くの投資家は事前に発表される市場予想を踏まえて行動します。例えば、事前に「米雇用統計は景気減速の兆候を示す」と予想されていれば、市場参加者は予めドルの持ち高を減らしておきます。こうした行動は「市場が織り込む」と表現されます。
米雇用統計が市場予想から大きく乖離しなければ、為替相場の変化は軽微にとどまります。なぜなら、市場参加者は事前に行動しており(市場は織り込み済みであり)、追加の取引を行う必要がないからです。一方で、米雇用統計が市場予想から大きく乖離した場合、為替相場は大きく変動します。なぜなら、予想以上の金利の上昇や低下と、それに伴う為替相場の変動が見込まれるためです。
■予測可能性を高めるFRB
市場参加者は金融政策の決定に直接的には関与していません。あくまでもFRBの外部で米雇用統計について予測している(憶測)にすぎません。FRBは事前予想が市場における価格や金利にスムーズな変化に貢献すると評価する一方で懸念もしています。雇用統計に関する事前予想と実際の結果が大きく乖離した場合、「サプライズ」と捉えた市場参加者がパニックを起こし、市場を混乱させるからです。
そのためFRBは近年、金融政策を決定する会議(FOMC)においてFRB自身の事前予想を発表しています。発表されるのは実質GDP成長率、失業率、PCE(個人消費支出)価格変化率、PCEコア(食品・エネルギーを除く物品・サービスへの個人消費支出)価格変化率の4指標に対する予測値です。予測値はFOMCに参加するメンバーの予測の中央値と最頻値です。
もちろん、FOMCによる経済見通しは完璧なものではありません。FOMCがいかに時間と労力を割いて見通したところで、実際の米雇用統計と市場予想の乖離を完全に無くすことはできないのです。もちろん、FRBのスタンスや先行き見通しに関する不確実性が減っただけでも、市場価格・金利のボラティリティを抑制することの助けになります。市場参加者はFOMCの度に発表される経済見通しを見て、「年内に利上げは打ち止めになるだろう」「利下げの可能性が出てきた」などと予測をすることができるようになったからです。
■米雇用統計を気にすべきか、米雇用統計は予想できない
どんなに技術が発達したとしても、どれだけ多くの情報をインプットしたとしても、米雇用統計を正確に予測することはできません。もちろん、米雇用統計以外の雇用関連のデータを集めることは可能です。チャレンジャー人員削減数、ADP(Automatic Data Processing)雇用統計、新規失業保険申請件数・継続受給者数などの統計から、米雇用統計の先行きを予測するのもいいでしょう。
しかし、完全に正確に予測できない以上、事前予想と実績値の乖離は避けられません。その乖離幅が大きければ大きいほど、市場の大きな変動をもたらす…AIや機械学習などの新しい技術が導入されたとしても、こうしたサプライズは不可避です。
■米雇用統計のサプライズに備える
米雇用統計は単に雇用の状態を示すだけでなく、経済全体の動きを示唆する統計です。同統計により金融政策は変化し、国際的な金利差に変化が生じます。場合によって、投資マネーの大移動をもたらし、国際的な資金循環のトレンドさえ変化させることもあります。そのインパクトの大きさから米雇用統計には今後も注目が集まるでしょう。それはFOMCによる経済見通しが発表されるようになった今でも変わりありません。
市場参加者として気を付けるべきなのはやはり、市場予想と大きな乖離が発生した場合です。その場合、為替相場は予測を超えて大きく変動することがあります。レバレッジの倍率や証拠金額次第では、米雇用統計の発表によって強制的に取引を終了させてしまうほど値動きをすることがあります。
私もFXでドル買いのポジションを取っていたことがあります。ある時、雇用統計発表の22時30分まで起きていることができず、「寝落ち」してしまいました。翌朝起きた時に、証拠金不足で取引を強制終了したとのメールが…あの時ほど、米雇用統計発表に備えて体調を整えなかった自分を恨んだことはありません。
FXでポジションを取っている以上、米雇用統計の発表は絶対に見逃すことができないイベントです。毎月第一金曜日の22時30分(夏時間の時は21時30分)は、何があっても結果発表をすぐに確認できる準備をしておきましょう。市場予想と乖離していなければそのまま寝てもかまいませんが、乖離している場合は即座にポジション変更や外貨の持ち高調整などの対策を行いましょう。自分の資産を守れるのは自分だけです。
■まとめ
米雇用統計が為替相場に影響を与える仕組みやどんな結果が出た時に注意が必要なのかなどについて今回は解説しました。仕組みがわからないまま恐れるのではなく、仕組みを理解した上で恐れるのでは、また対応が変わってきます。事前予想を把握しつつも、米雇用統計に先行して発表される指標を参考にしながら自分なりに米雇用統計の予測を立てるのも理解を深めることを助けてくれます。合理的な予想に基づいて適切に備えながら、次回の米雇用統計の発表を待ちましょう。
米雇用統計別記事はこちら
FXの始め方はこちら
(全体への公開はこの部分を書き換えてください)
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